うれしい出版社、ザンネンな出版社


                                            1998/2/2.




     いつもお世話になっている出版社についていろいろのべたいと思う。


     まあわたしの読書傾向としては小説はほとんど読まず、

    経済や社会、心理といった人文社会科学系にかたよった興味をもっているので、

    そのあたりの出版物について語ることになる。


     ビジネス書でゆいいつ文庫を出しているのはPHP研究所くらいで、

    経済を知ろうとしているわたしにとってひじょうに重宝している。

     文庫本の安さは気軽にその本を手にとらせる。

     ただビジネス書というのは回転率がものすごく早く、

    すぐ書店から消えてしまうので残念だ。

     たしかにいまの経済情勢からいってバブル全盛期のビジネス書なんて読めないが、

    かつてのベストセラー書はなぜ売れたのか、いちど読んでみたいと思うので、

    もう手に入らないのは残念だ。

     いまでも読めるのは、長い目でみた経済の歴史を語ったような本だろう。


     講談社文庫ではたまにビジネス関係の文庫が出ているが、

    消え去るのは早いようだ。

     ガルブレイスの『不確実性の時代』とかフリードマンの『選択の自由』、

    といった名著はもう出ていない。

     これらの本をわたしは古本屋で手に入れたが、

    フリードマンの本にいたっては、がっしりした単行本がたった100円だった。


     まあビジネス書というのは出版されたそのときしか有効性はないかもしれないが、

    かつてのベストセラーというのはいまでもじゅうぶん読みごたえがあると思うし、

    またむかしの人がどのようなことを言っていたのか、

    だいたい現在の状況しか知らない若者にとっては知っておくほうが賢明になれると思う。

     現在の心理的雰囲気しか知らなかったら、バブルの超楽観主義のムードに、

    だまされてしまうようなことになるからだ。

     こんにちの超悲観的な大恐慌本というのも、なにもいまだけではなく、

    古本屋を見ていたら、いつの時代でも出ていたのだということがわかる。


     ビジネス書ではほかに徳間書店とかTBSブリタニカなどが、

    なかなかいいのを出している。

     ただちょっと前にさかのぼった名著が手に入らないのが残念だ。

     とくに社会とか歴史について語った本はちょっとやそっとで古びないと思うので、

    そういう本が読めないのはほんとに心残りだ。


     ビジネス書というのは生鮮食品なみに生モノなのか疑問に思う。

     トム・ピーターズの『エクセレント・カンパニー』なんか組織の心理的な側面を

    語っていていまでも興味をひかれるし、チャールズ・ハンディとか江坂彰とか、

    いま読みはじめてもじゅうぶん楽しめる本もある。


     わたしがのぞむのは、ビジネス書の過去の名著も、

    人文科学の名著のようにもっと手に入りやすくしてくれることだ。

     ビジネス書の「名著シリーズ」なんかあったら、過去を学べてひじょうに重宝する。

     でもあんまり売れないか。

     名著シリーズに弱いわたしとしては、のどから手が出るくらいほしい。(文庫本なら)


     ちくま学芸文庫というのはひじょうに驚いている。

     ニーチェとかオルテガ、ハイデッガー、アレント、フーコー、シュタイナー、

    といった人たちの本が文庫で手に入るのはものすごくうれしいことだ。

     千円くらいの、文庫としては高い価格になっているが、

    単行本なら4千も5千も払わなければならないから、ものすごくお買い得だ。

     人文社会科学のバカ高い本をすべてとりこんでほしいくらいだ。

     ただこういう本がほんとに売れているのかはちょっと不安なところがある。

     そんなことに負けずにこれからもよい本をどんどん世に送り出してほしい。

     ちくま新書のほうもがんばってほしい。


     岩波文庫というのはひじょうにありがたい。

     世界の名著がたった500円ぽっちで手に入るのはとてもすばらしいことだ。

     かつての名著をこんなに安く読めるのはとてもいいことだ。

     学校の教科書で名前を知るだけではなく、

    じっさいに読んでその中身を知ることは、もっと大事で重要な糧になると思う。

     世界の名著というのはなんらかのかたちで、げんざいのわれわれの生き方や社会に

    影響を与えているもので、その源をたしかめることはひじょうに大事なことだ。

     ただ、なかにはものすごく古い活字で印刷している本があったりして、

    ぜんぜん読めもしないので、それが残念だ。

     日本の古い名著も、かつての文体を尊重するより、現代語訳にしてほしい。

     意味や内容がすらすらと入ってこない本なんて、あってもムダだ。


     世界の名著を出している中公バックスもぜひがんばってほしい。

     古典名著というのは、読みたくなったときにすぐ手に入ってほしい。

     ほんとにこの名著シリーズは、思想の源に帰るのが好きなわたしは重宝する。

     ひとつ難をいうなら、ニ段組はちょっと読みにくいかな。


     講談社学術文庫も幅ひろいジャンルを網羅していて、重宝している。

     表紙のデザインもなかなか洒落ているし、読みやすい本も多い。


     岩波新書や中公新書は安い値段で、いろいろなことを学べるので役に立つが、

    なにぶん教科書的なつくりは魅力や興味を失わせてしまう。

     中公新書は歴史にちょっと強いのが特徴かな。

     講談社現代新書というのは、現代思想にかんしてひじょうに勉強させてもらった。

     魅力をもたせたり、興味をもたせたりする趣向がなかなかうまい。

     新書のなかではいちぱん遊んでいて、こんごもっと伸びてゆくところだと思う。

     岩波も中公も見習ったほうがいいのではないかとも思うが、

    ただ講談社新書は新奇性を競うために過去を古びさせてしまうので、

    カタいカラーをのこしておくのも、賢明かもしれない。


     人文社会科学系の本はほんとに高い!

     それだけ高く設定しないとモトがとれないのかもしれないが、タマんない。


     お金がないためにあきらめた本は数多い。

     ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』『ミル・プラトー』(各7千くらい)、

    ブルデュー『ディスタンクシォン』(上下各7千)、シュペングラー『西洋の没落』(各5千?)

    マクルーハン『メディア論』(5千?)は、いまでも悔しくて心にのこっている。

     わたしのばあい、興味のあるときに読みそびれると、

    もうその機会を得ることはあまりない。

     だからよけいに悔しい。


     新しい本が高いのは、残念なことである。

     たとえば心理学を読みたいと思った学生は、こづかいがあまりないから、

    とうぜん安い文庫本で読むことになる。

     そうしたらフロイトとかかなり古い時代の学説をそのまま真に受けることになる。

     現在までにどんなに発展し、どんな批判を寄せられてきたかわからない。

     新しい流れを知るには、高い本を読まなければならない。

     ラカンやフランクル、認知療法や交流分析などまずわからないだろう。

     お金がないために100年前の学説しか知り得ないのはひじょうに残念だ。


     若い者ならとりわけ新しい本や作家などを好むのに、

    安い文庫本なら、大昔の作家とかちょっと古くなった本ばかりだ。

     むかしの人の本ばかりだけが視野に入るのなら、興味を失うだろう。

     新しい本こそ、安くあるべきではないのか。


     といってもあまり売れない本を安くできない出版社の事情もあるだろうし、

    専門書が高いからこそ、専門家のありがたさが高まるから仕方がないのかもしれない。

     新刊本がもっと安くなれば、専門家の権威が落ち、失業してしまう?

     まさか中世キリスト教のように本を読むなとか数学は悪魔だとかは言わないだろう。

     みんなの知的レベルが高まって、切磋琢磨できる楽しい環境になれると思うが。


     ちくま学芸文庫とか講談社選書メチエ、平凡社ライブラリーの出版とか、

    人文系の積極的な攻勢がさかんになってきたと思うが、

    さいきんこのような本はいっぱんの人たちにも読まれるようになってきたのだろうか。

     でもこのような本は駅前の小さな本屋には新刊のみがおかれているていどだ。


     『知の論理』であるとか、『ゾウの時間、ネズミの時間』、『ソフィーの世界』、

    『脳内革命』とか、知的なものがたしかにヒットするようになってきた。

     これから経済的にも、あるいは社会的にも混乱と昏迷を深めてゆくと思われるので、

    たしかに思索系の本が読まれてゆくと思うが、どうなんだろうか。

     まだまだ、そういう時代ではない?

     みんなマスコミと消費のほうがまだまだ魅力的?

     まあ、ある意味ではそのような時代のほうが幸せかもしれないので、

    思索系の本が読まれるようになるのはそんなにいいことではないかもしんない。

     むかしの人は実存哲学をよんで、死にたくなったりしたそうだから。


     高すぎる人文科学系の本の話にもどる。

     法政大学出版局、みすず書房、青土社、未来社、

    いずれもよい本を出しているのだが、高すぎてなかなか買えない。

     藤原書店というのはデザイン的にひじょうにお洒落な、魅力的な本を出していて、

    コレクション的な趣味だけでほしくなるが、バカ高い。

     工作舎のニュー・サイエンス系の本も、デザインがものすごくカッコいい。

     こういう人文系の本は古本でもなかなか値が落ちないので、ほんと残念だ。

     ミネルヴァ書房というのはたまに目につくが、値段が先に見えて、読む気を失う。

     安くなるのはムリなのか、それとも高い本のほうが読者がつく?


     トランスパーソナル心理学系で春秋社というのはとてもよい本を出していた。

     ほしい本をおおく網羅していて、そのセレクションのよさに感嘆したが、

    あるていど読んだらすぐに限界がきた。

     仏教も心理学的・認識論的にひじょうに鋭いことをのべていると思うので、

    むかしの経典を現代語訳にして手に入りやすくしてほしいと思う。


     専門書の新刊書は高いから、NHKブックスとか新潮選書は期待している。

     NHKブックスははば広いジャンルをとりあつかっていて、頼りになる。


     カッパブックスのカッパサイエンスとかビジネス系の本とかも、

    かなりおもしろいのを出しているので、ぜひがんばってほしい。

     ただ書店から消え去るサイクルがあまりにも早すぎる。


     とまあ、いろいろ出版社について言いたいホーダイいってきたが、

    いずれの出版社もこれからもどんどんよい本を出していってほしいと思う。

     本というのは、いろいろな人の知恵や知識を得ることができるので、

    とてもありがたいものだし、おもしろいものだと思う。

     わたしは出版社の内情とかどのように出版物を決めているのか、

    といったことはよくわからないが、よい本をどしどし出していってほしいと思う。

     書店で新しいよい本を見つけたときほんとうにうれしい。





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