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 私の愛する本たちの写真            2004/5/1


ニーチェの『権力への意志』。アフォリズムだからいろいろテーマから読めると思うが、私は認識論がいちばん感銘した。
ニーチェの『善悪の彼岸』と『道徳の系譜』。「善い悪いの基準はたんに自分の利益に過ぎない」――私の道徳観がひっくりかえった。
現代思想の入門書となってくれた今村仁司の『現代思想のキイワード』と『現代思想を読む事典』。
宝島の『現代思想・入門』――これもえらくお世話になった。思想家がとにかくカッコよく見えて私のヒーローになった。ドゥルーズ、フーコー、デリダ、アルチュセール……。
ケン・ウィルバー『無境界』と『意識のスペクトル』。読み返すたびに理解の深みを増す名著だ。
クルシュナムルティの著作たち。『自我の終焉』『生の全体性』『生と覚醒のコメンタリー』『生の全変容』。思考の愚かさ・過ちにこれほどまでに深く気づいた偉大な人はいない。
グルの風貌をまとったラジニーシの著作。『存在の詩』『一休道歌』『般若心経』『瞑想』。宗教として読むのではなく、第一級の心理学と読むべきだ。
私にとって心の最大の糧となった心理学の本。カールソン『楽天主義セラピー』、ジャンポルスキー『愛と怖れ』、ベンジャミン『グルジェフとクリシュナムルティ』、シバナンダ『ヨーガとこころの科学』。心とは、自我とは、過去とは、悩みとは、絵空事に過ぎない。
ピーター・ドラッカーのハードボイルドなビジネス書。『ポスト資本主義社会』『新しい現実』『すでに起こった未来』『未来企業』など。現在の経済の歴史的理由をあたえてくれる。
マーシャル・マクルーハンの『人間拡張の原理(メディア論』。百円で購入。メディアとは目や耳の拡張である。
童話の解釈学。ベッテルハイム『昔話の魔力』、松居友『昔話とこころの自立』、タタール『グリム童話』。昔話が「わかる」快楽。
カイヨワを筆頭に戦争と民主制の交換関係について。民主制とは生涯を捧げての国家間戦争-競争との交換条件にあたえられる。タダではない。もういらないよ。
欲を捨てる生き方。中野孝次『清貧の思想』、『陶淵明全集』、『菜根譚』。欲まみれに生きる現代人は賢者の知恵を忘れ去ったのか。
ソーロー『森の生活』。仕事に人生を奪われる人たちへの批判。仕事ばかりの人生がほんとうの生といえるのか。
落ち込んだときの人生の最良の対処法。ダイヤー『どう生きるか、自分の人生』、カーネギー『道は開ける』、ピール『積極的考えの力』。心理学より自己啓発のほうがまったく役に立つ。
トマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』。人生に対処するそうとう有益なセラピー書だ。宗教として読むな。
『大乗起信論』、『大乗仏典』、『瞑想の心理学』、『老子・荘子』。心とは虚構に過ぎない。
堺屋太一の一連の文庫本。歴史から経済を読む。たいへん有益に思えるときもあるし、同じことばっかり言っているように思えるときもある。
エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』、『人間における自由』。社会についての私のバイブル。
オルテガの『大衆の反逆』、『個人と社会』。画一化・均質化する大衆への批判。
ポスト構造主義のヒーロー、ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』。見せしめの刑罰から監視・訓育する刑罰へ。
リースマン『孤独な群集』、ラッシュ『ナルシシズムの時代』。現代社会を知るための名著。
ボードリヤール『消費社会の神話と構造』、ゴッフマン『行為と演技』、レイン『自己と他者』。いずれも深く感銘した私にとっての名著。
このあたりまでの村上春樹は大好きでした。カッコよかった。『羊をめぐる冒険』、『風の歌を聴け』、『ノルウェイの森』、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』。
世界文学の私の好きな作品。ヘミングウェイ『武器よさらば』、モーム『月と六ペンス』、スタインベック『怒りの葡萄』。シブイ。
古典の名著。ミル『自由論』、ショーペンハウアー『幸福について』、アウレーリウス『自省録』。読みつがれるだけの価値がある。
言葉についての深遠な書物。丸山圭一郎、ウォーフ、池上嘉彦。われわれは母国語に規定された世界観を見ているに過ぎない。
『世界の名著』、『60冊の書物による現代社会論』、竹田青嗣の現代思想と哲学入門。ものすごくお世話になった。
岸田秀の「共同幻想論」はほんとうに感銘した。社会はみんなでつくった幻想を守っている。
竹内久美子の社会生物学の著作群。人間の文化も行動も心理もすべて繁殖戦略から読み解きなさい。……そうかもしれない。
チャネリングの名著。セス、バーソロミュー、ラムサ、エマヌエル。そうとう怪しいが、心理学の要素は絶対にいただくべきだし、身体観や物質観にものすごいものがある。
ハイキングのガイドブックがいつの間にか4冊にもなっていた。歴史街道もあるが、観光客の人ごみより、人の誰もいない緑のほうがのびのびする。
身体についての本。頭脳・視覚主義によって抹殺されてきた身体感覚の復権。言葉は、視覚は、明確に分けれない感覚を、性的蔑視とともに抹殺してきたのである。頭と目が偉いというヒエラルキーを考え直せ。世界に境界も分断も対立もない。
初公開。著者近影。ポーズをとっていますが、うしろは布団が丸見え。



 ■040503記/どうも申し訳ありません。写真ファイルの管理が失敗して本の写真のところに大和川の写真が出ていました。ファイル名をいちいち変更しないと画像名がダブってしまうみたいです。めんどくせ〜。



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