BOOK REVIEW――思考のためのブックツール・ガイド       心理学は心を癒すことができるか
                                                 1997/Spring





      わたしのような一般の人間にとっては、心理学とは、悩みや苦しみがあったら、

     実用的に解決してくれるものであってほしい。

      しかしまず目に飛びこんでくる心理学とか精神分析といったものは、

     あまりにも、理論や事実の羅列に傾きすぎているように思える。

      おまけに、「精神病」や「神経症」といった専門家にとっての「商品!」は、

     われわれに排斥される恐怖をもよわせ、逆にそのような状態に追い込んでしまうのが、

     現代では多く見受けられるのではないかと思う。

      ほんらいなら癒すべき人たちの役割が、犯罪報道などの、だれかを攻撃したい人たちと、

     仲間を組んで、ひとびとを病的状態に追い込んでしまう。

      癒すべき人たち自身が病気を「生産」しているというのは、ひじょうに資本主義的だ。

      病気の命名が人々を脅えさせているという側面も配慮すべきだ。


      このコーナーでは、認知療法や自己啓発、精神分析などのジャンルにかかわりなく、

     紹介してゆくつもりだが、基本的にはわたしは、なんらかの障害の原因は、

     過去や幼少期にあるという精神分析の考え方には懐疑的である。

      いま、現在の思考にこそ問題があると思うのだが、

     だが、ときには精神分析や交流分析の考え方にも

     学ぶべきものがあるのではないかと迷うこともある。

      また社会の状況や、ものごとの捉え方・常識の時代性といったものも、

     複合的に絡んできて、問題をつくりだしているとも考えられる。

      個人の問題は、社会のうねりのなかのきしみが端的に

     現われたものとも見なすことができる。

      ともかく心理的な問題にはいろいろな要因があると思われるが、

     心理学は、実用的に問題を解決してくれるものであってほしいと思う。






  マーティン・セリグマン『オプティミストはなぜ成功するか』 講談社文庫 620円

         

      ものごとの捉え方や説明スタイルがひとびとを成功に導いたり、

     あるいはうつ病にしてしまうといった、認知療法に関する本である。

      ものごとの捉え方が人生を変えてしまうという説は、

     ふだん、自分のものごとの捉え方なんか気にしてもみないから驚きである。

      ましてやそれが楽観的か悲観的か推し量るすべもない。

      この本ではその捉え方の違いを、一時的か永続的か、普遍的か特定のことか、

     といったことで分けて見せてくれる。

      まずは無色透明で中立的であるように思われる自分のものごとの捉え方と

     いったものを、それが楽観的か悲観的か、気づく必要がある。

      そこではじめて、楽観的な考え方も身につけることができるのではないだろうか。

      この本では、フロイトの精神分析と対抗するかたちで出てきた、

     認知療法や論理療法の歴史が語られていて、ここもおもしろい。

      フロイトの無意識や幼少期といったわけのわからないものは、

     この認知療法によって完全に捨て去ることができるのだろうか。



     

  デビッド・D・バーンズ『いやな気分よ さようなら 自分で学ぶ「抑うつ」克服法
                 星和書店 3790円

          

      健康的な人間でも、この本の考え方(認知療法)を知らないのはもったいないと思う。

      われわれに憂うつや落ち込みをもたらすのは、ものごと自身ではなく、

     そのものごとにたいする捉え方なのであって、この考え方を合理的なものに

     書き替えれば、憂うつから解放されると説いた認知療法を紹介した本である。

      われわれの考え方や捉え方のみが、われわれを悲しみや落ち込みに陥れるのである。

      だからこの本では、その強固に固まってしまった「思いこみ」を、

     悲壮な考え方に陥らない思考に書き替えようとするのである。

      認知の歪みには、全か無か思考、一般化のしすぎ、結論の飛躍、

     拡大解釈と過小評価、すべき思考、レッテル貼りなどがある。

      このような思考にこそ問題があるという考えは、フロイトの幼少期や無意識に

     原因があると考えた説をあっさりとしりぞけてしまう。

      いったいこのフロイトの説とはなんだったのだろうかという気がしてくる。

      この認知療法の認知の書き替えというのは、少々論理的すぎてめんどくさくもあるが、

     これまでふりまわされてきた思考にたいして客観的になれるという点で、

     ひじょうに重要であると思う。

      われわれの無意識に捉えている認識というのは、「絶対的」なものではなく、

     あくまでもひとつの捉え方や思い込みにすぎない――そういうことを深く理解したとき、

     多くのささいな悩みや憂うつから解放されるのではないだろうか。




  伊藤順康『自己変革の心理学 論理療法入門 講談社現代新書1011 650円

         

      この本も、ゆがんだ思考が絶望感や挫折感を与えるといった、

     論理療法の考え方を紹介した本である。

      論理療法と認知療法がどうちがうのか、同じに思えて、わたしにはよくわからない。

      これらの優れたところは、感情は思考や捉え方によってわきあがるものだと、

     はっきりと言い切った点にあると思う。

      われわれは非合理で非論理的な思考や、ものごとの捉え方によって、

     みずからを苦しめている――だからその思考内容を書き替えればいいのだ、

     と論理療法の開発者アルバート・エリスは考えたのである。

      おかげでわれわれは、追い出したい感情を相手にするのではなく、

     その考え方、思考に反論を加えたらいいことを知った。

      ただ自分の捉え方というのは、無意識的で、古い家のように自分になじんでいるから、

     その捉え方を検証するというのは、そうとう根気が要るものだと思う。

      だけど憂うつや落ち込みのメカニズムをはっきりと知ることができれば、

     われわれはよけいな心配や不安から解放されるのではないだろうか。




  ジョン・ロジャー ピーター・マクウィリアムズ
  『ポジティヴ宣言
 ネガティヴ思考は高くつく VOICE 2800円

         

      われわれはネガティヴに考えることこそが価値あると思い込んでいないだろうか。

      楽観論より、悲観論の方が慎重で失敗をおかさないという長所もあるにはあるが、

     度の過ぎたネガティヴ思考はただ自分を苦しめ、傷めつづけるだけなのである。

      世界や社会に対しての批判も、ある意味では自分を蝕む。

      思考が感情を生起させると知っているのなら、ネガティヴ思考をやめ、

     すべてを許すべきであり、ポジティヴなものの見方を採用すべきなのである。

      ポジティヴなものに焦点を合せると、ずっと気分がよくなる。

      喜びや楽しいふりをしていれば、気分も自然にそのようになるものだ。

      この本はすごくがっしりとしたつくりになっていて、それだけで価値のある本に

     思えてしまうが、ページをめくると、名言集があるのもよい。

      ひとこと引用。「心から真実に――あなた自身を笑うことができた日に、

     あなたは成長する」――Ethel Barrymore




  ノーマン・ヴィンセント・ピール『積極的考え方の力』 ダイヤモンド社 1200円

          

     この本はアメリカで1952年に発売され、350万部を売り、世界33ヶ国に翻訳されたそうだ。

     基本的に悩みや不安は頭の中からすべて葬り去り、幸福や平安を心に思い描け、

    ということをいっているすばらしい本で、フロイトやユングを読む前に

    こちらを読んだ方がよほど役に立つ。

     憂うつな思い込みが、人生を憂うつにするのである。

     ただわれわれの心だけが、われわれを不幸にもするし、幸福にするのである。

     けっして状況がわたしを不幸にしたり、絶望のどん底につき落とすのではない。

     不幸の種はありあまるほどあるのに、わざわざ自分から不幸を製造することはない。

     できるだけ楽しみや喜びに目を向けるようにするほうがいい。

     現代ではなぜかネガティヴなほうに目を向けがちである。

     事件や事故などのニュースは社会をネガティヴなものだけに覆いつくすし、

    CMや広告は足りないところや劣ったところばかりに目を向けさせるし、

    また現代の日本は戦後50年もたって制度疲労をおこしているから、

    さまざまな欠陥や否定面ばかりが目につきやすいのだろう。

     たしかにそういう面に目を光らせるのも大事だが、

    ネガティヴばかりでは、自分の人生を大なしにしてしまう。

     悲しみや憎悪、悩み、意気消沈を心の中から追い出すことも大事ではないだろうか。




  デール・カーネギー『道は開ける』 創元社 1500円

          

     悩みを解決するための方法の百科事典のような本である。

     多くの人の悩みの克服法や実験例から、この本は成り立っているそうだ。

     わたしがいちばん感銘した部分は、戦時中、今にも死にそうな危機にあったとき、

    それまでの人生がどれほど下らない悩みに忙殺されてきたことか、

    と後悔する潜水艦の乗組員の例である。

     人生はあまりにも短い、些事にこだわるほど、人生に時間はない。

     そのほか、昨日や明日の苦労は遮断することや、

    終わった過去を気に病むのはむだであること、

    欠けている部分より、恵まれている部分に目を向ける、といったことが語られている。

     このカーネギーという人は、どう評価されているのだろうか。

     自己啓発の本棚にはかならず並んでいるし、ロングセラーということだが、

    やはり心理学者には軽く見られたりすると思うのだが、

    悩むこと自体に深い価値がありそうにさえ見える心理学や精神分析より、

    よほど実際的で、実用的に、わたしには思える。

     「悩みに対する戦略をもたないものは若死にする」といっているとおり、

    われわれは悩みの解決法をアルコール、消費などに頼るばかりではなく、

    純粋にこころの問題として対処する方がよいのではないだろうか。




  ジョセフ・マーフィー『あなたの人生はこれで大きく変わる』 騎虎書房 1300円

       あなたの人生はこれで大きく変わる

     大げさなタイトルの並ぶマーフィーの一連の著作をどう思うだろうか。

     あまりにも絵空事すぎるとか、空想的すぎると思うかもしれないが、

    良いことであれ、悪いことであれ、心に思うことが実現するという考え方は、

    一片の真実を含んでいると思う。

     自分の考えることが感情や人生、幸不幸、状況をつくってゆくのである。

     だからバカげた楽観論に思えたとしても、それを心に念じ、

    不幸や失敗を導くような考えはしないほうがいいだろう。

     「自らを許すものこそが天国であり、自らを苛むものこそ地獄である」

     ただ、ダメ人生にもそれなりの心地よさや美学があるかもしれないし、

    楽観的考えを強制されるのは、強烈に腹立たしいだろう。

     むずかしいところだが、スランプから脱出したいときには、この本は役に立つだろう。

     キリスト教とか神とかの記述が多い部分もあるが、そこも意外に安らげるところである。




  シェリー・カータースコット『自分いじめはやめなさい ネガホリック克服法
                ダイヤモンド社 1300円

         

      不幸や落ち込み、意気消沈などが長く続くのは、

     もしかして自分をいじめつづけているからかもしれない。

      自分いじめというのは、自分をダメだと思ったり、できないとかムリだとか思い込んだり、

     自分を批判したり、不平や過去のあら探しばかりするといったことだ。

      このようにして人は自分を不幸に陥れたり、可能性を閉じ込めるのだ。

      この本は、自己否定からの克服法がのべられている。

      でも本だけでは解決しないだろう。

      自分の強い意志と決意がなければ、そこから抜け出せないのはとうぜんである。




  ロジャー・ストラウス『自分に気づき 自分を変える』
                 実務教育出版 1800円

          自分に気づき自分を変える―創造的自己催眠プログラム

       自己改造書としてはちょっと変わった、社会学的成果からの啓発書である。

       社会学を学ぶような感じで、日常のまわりの世界を知ることができる。

       世界の捉え方、社会、人間関係を学びながら、

      そこで生きてゆくスキルをこのワーク・ブックは教えている。

       自分を変えるための唯一の方法は、この本に書かれているとおり、

      「自分で思い込んでいることを、実はそうではないと考えてください。

      これができれば、あなたは変わることができます」

      ――この一点にかかっているのではないだろうか。



  榎本博明『そのままの自分を活かす心理学 内向性を強さに変えるヒント
                   PHP文庫 480円

           

       これまで「ネアカ」がもてはやされ、内向的な人間は生きにくい時代だった。

       劣等感にさいなまされ、むりにネアカを装ってきたかもしれないが、

      この本では、その内向性の「良さ」が徹底的に解明されている。

       内省癖が向上心を生んだり、繊細な心配りができたり、

      適応できない分だけ独創性はある、といった長所が語られている。

       心を癒すための方法――要求水準を下げたり、自分の苦手な部分は価値を

      おいていなかったら苦手になったのだとか、他人の評価を手放せ、

      「〜べきだ」「〜しなければならない」といった言葉から脱出する、

      といった方法もたくさん満載されていて、ひじょうにスグれた本である。




  今泉正顕『名言大語録』 三笠書房 790円

         

       こういう名言をあつめた本はひじょうに心に突き刺さるし、

      また短い言葉なので、印象にのこりやすい。

       これからの生き方やこれまでの人生を考えてみるにはとても参考になる。

       いくつか引用。「自分自身のことで身も心もいっぱいになっている人ほど、

      中身のない人間はいない」(ホイッチコード)

        「貧乏人とは、多くを持たざる者ではない。多くを欲する者のことをいう」

       (スウェーデンのことわざ)

        「人はなにかひとつことに気狂いにならなければ、

       とうてい人並み以上にはなれない」(御木本幸吉)

        「困難や災禍ほど人を鍛えてくれる。富貴、福運は、はじめ味方のようだが、

       いつか最大の敵となる」(スマイルズ)

        「我々が幸福になりたいと望むだけなら簡単だ。

       しかし人は他人になりたがるので、そうなるには困難だ。

       我々は他人はみんな実際以上に幸福だと思っているからだ」(モンテスキュー)




  加藤諦三『愛されなかった時どう生きるか』 PHP文庫 520円

          

       一時期、この加藤諦三にハマったことがある。

       緊張や不安、奴隷的人間関係に陥るのは、幼少期にすでに愛のない親に、

      そのような関係に陥れられていたからだという、交流分析をベースにした

      加藤諦三の一連の著作は、とても説得力があったのだ。

        でも、今ではそのような考えに否定的だ。

        幼少期の親との関係は、解釈でしか判断できないし、

       その解釈を、絶対だと言い切ることはできないと思うのだ。

        また認知療法を知ってから、自分の思考・解釈だけが、

       問題をもたらすのだと思うようになったからだ。

        ただ、加藤諦三の本にはなにかひじょうに魅きつけられるものがある。

        それは従順な人間関係、利用されたり搾取されたりする関係に

       陥りがちな人にたいして、それは実の親から子どものときに、

       そのような仕打ちを受けていたのだという、

       驚くべき事柄を告げられるからかもしれない。

        人生の苦痛や苦悩の原因をうまく理由づけるというところもあるのだろう。

        だけど、いまはもうこの人のなんでもかんでも親が悪いという、

       考え方には距離をおいている。

        これは親に問題があるというよりか、現代の社会では、

       そのような利用や支配の関係に覆われていると見たほうがいいのかもしれない。





  アリス・ミラー『魂の殺人 親は子どもに何をしたか 新曜社 2884円

           


        衝撃的な書である。

        神経症や犯罪は、幼児期におこなわれた親や社会の厳しすぎるしつけや教育が、

       無意識のうちにひきおこすものであるという説は、

       幼少期に親はそんなひどいことをしてきたのかと疑わざるを得ない。

        子どもの意志や衝動を徹底的に押し殺す教育がよいしつけだと考えられているのなら、

       その子どもは成人したあと、無意識のうちに子どもに対して、

       自分の幼少期におこなわれたことを繰り返すというのである。

        幼児虐待には、そのような原因があるというのだ。

        つまり自分の幼児期に否定された感情や意志を子どもにみいだして、

       意地でもそれらを根こそぎにしなければならない衝動に駆られるのである。

        こうして幼児虐待や暴力は何世代にもわたってひきつがれてゆくのである。

        われわれは子どものころ、このような教育を受けてきたのだろうか。

        このような教育をうけた者たちは、ヒトラーのような、親に近い絶対的権威者に、

       無意識に服従してしまうのだと、アリス・ミラーは指摘している。

        この本の前半に出てくる子どもの意志を徹底的に削ぎ落とす教育方針には

       震撼せざるを得ないし、もし自分のなかに子どもに対する、耐えがたいほどの憎悪や

       怒りが見出されるとしたら、自分自身の問題を探らなければならないのかもしれない。

        子どもは親の自由にできる所有物ではなく、一個の人格として、

       対等な人間関係としてつきあうべきだと、この本を読んで心を新たにした。




  ミュリエル・ジェイムス/ドロシー・ジョングウォード
  『自己実現への道
 交流分析(TA)の理論と応用 社会思想社 2300円

          


       交流分析には、親や文化に与えられた人生脚本とか、

      心の中には親と成人と子どもの心があるという等々、おもしろい説がある。

       人間関係には隠された目的があって、自分の人生脚本や役割を演じるために、

      会話や行為がおこなわれているという考えはびっくりする。

       自分や人間関係にたいする鋭くて、わかりやすい洞察を交流分析は与えてくれる。

       自分自身が無意識におこなっている行為や会話の意味を理解し、

      そのような人生脚本にたいして自分が振り回されないようにする方法を、

      この本は教えてくれる。




  鈴木晶『フロイト以後』 講談社現代新書 600円

         

       フロイト以前の心理療法とフロイト以降の精神分析、

      および現代思想の流れがわかりやすくのべられている。

       なんといってもフロイト、ユング以降の精神分析の展開を知りたい。

       クラインとかビンスヴァンガー、ボスとか、ホーナイとかロロ・メイとか、

      現在でも本は出ているが、高いし、やはり難解そうで手にとりにくい。

       この本ではざっとかんたんにかれらに触れている。

       ラカンと現代思想のクリステヴァ、ドゥルーズまでふれられている。



  氏原寛ほか編『カウンセラーのための104冊』 創元社 1300円

          

       そういえば、心理学のブックガイドというのはあまりない。

       ということでこの本はひじょうによいブックガイドになる。

       カウンセリングと精神分析、近隣接領域まで網羅されている。

       ほとんどばらばらの人によって書かれているため、

      あっち向いていたり、お勉強ぽかったりいろいろするが、

      興味のある本をみつけるよいステップになるのには変わりはない。

       類書に中級編『心理臨床家のための119冊』がある。




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