1998−99年冬の書物
テーマほか
新しく読んだ本が上に来ます。1999/1/17更新
柳田聖山・梅原猛『無の探求<中国禅>』 角川文庫ソフィア 仏教の思想7
69. 800円
禅の思想、歴史、経典の読まれ方、位置づけなどいろいろわかる。
この角川文庫の仏教の思想シリーズは手軽に手に入ることもあって、ぜんぶ読んでやろうかと野望を抱いているのだが、仏教のいっていることの多くは興味をもてないのでどうなるかはわからない。
トマス・ア・ケンピス『キリストにならいて』 岩波文庫 1472. 570円
清らかな心を望みたくなったら、キリスト教の聖的なことばが心に染みる。
清らかな言葉、聖なる言葉、へりくだった言葉――そういったキリスト教的言説の文体・字面は現代人にはちょっとコッ恥ずかしいが、ここに心の浄化があるのだろう。
この著者、本のことについてあまり知らずに読んでみると、どうもこの本は一般的な人生訓、処世術を説いていて、ひじょうに生き方の糧になる。
あまりにもよいことば、人生訓があったので、この本は気に入った箇所の赤ラインと上方の折り込みでいっぱいになった。
この本の要点を、世のはかなさ、苦悩の比較、人間関係、自己否定にエッセーとしてまとめましたので、興味のある方は読んでみてください。
――「認知療法として読むトマス・ア・ケンピス『キリストにならいて』」
野末陳平『中国、悠久の知恵とこころ らくに生きる名言』 青春文庫 96. 505円
中国人の知恵とさまざまな名言が語られている。「処世は大夢のごとし、なんすれぞその生を労するや」(李白)、「人生は幻化に似たり、終にはまさに空無に帰すべし」(陶淵明)、「金玉堂に満つれば、これをよく守るなし」(老子)ということばが心に響いた。
宇田禮『漢詩のこころにみる癒しの思想』 98/1. 青春出版社 1600円
漢詩の現代語訳をやすらぎや感動、胸の痛み、悠久の流れ、永遠などの章にわけて語った本である。
詩を深く味わえる人にはとてもよい本だと思いますけど、残念ながらわたしには……。
菅野博史『一念三千とは何か 『摩訶止観』(正修止観章)現代語訳』
第三文明社 レグルス文庫 92/7. 800円
心の止観についてのべた『摩訶止観』のほんのわずかな抄訳であるが、なんのこっちゃかさっぱりわからへんわ!(大阪弁)(例)もうかってまっか、ぼちぼちでんな。
樋口忠彦『日本の景観 ふるさとの原型』 81/10. ちくま学芸文庫 960円
最近、山の風景などに魅かれているから読んでみたらおもしろかった。
なぜ大和という国が奈良という少々辺ぴなところにあったのか――、それは山の奥の盆地、山をバックにした少々開けた山の辺という空間が、人々に休息感をもたらすからだという説は目からうろこだった。
古代の都が奈良や京都の盆地から平野へとなかなか移らなかったのは、 山々に囲まれた安息感があったからだった。(日本に西洋のような城壁都市が発達しなかったのは自然の障壁があったからだ)
山々の地形・景観の心理的作用をさぐったこの分析はなかなかおもしろい。
『寒山拾得』 久須本文雄 講談社 3800円
中国天台山の山林に隠遁していた寒山と拾得の詩集である。
清閑な山林にくらす悠々自適の心境、山水の趣き・安らかさが語られていて、とてもここちよい詩であり、心を俗塵からときはなち、清らかに洗ってくれる。
ただこの世のはかなさを語るときには憎悪が含まれていると思うほど激しい。
『老子 荘子』 中公バックス 世界の名著 1500円
老子は短いので気軽に読めるが、荘子はなかなか気負いがいる。よいことば、役に立つ人生訓がたくさんあり、荘子の世界にどっぷり浸かれる。
対立差別のない万物斉同の世界、不立文字、無為自然――と安らかで運命に任せようという気持ちになれる。
ところで荘子の書でありながら、孔子やいろいろな人が出てくるのは、やはり後世のいろいろな人の説がごちゃまぜにされているわけだな。
〜1999年WINTER
1998/12/20.更新
諸橋轍次『中国人の知恵 乱世に生きる』 講談社現代新書 73/6. 650円
中国人の人生の達観はどこから由来するのか。問題を局限せず、高い次元から見るという特性があるなど、中国人の知恵がこの本で語られている。
立川武蔵『日本仏教の思想 受容・変容の千五百年史』 講談社現代新書
97/4. 660円
最澄、空海、鎌倉仏教、室町仏教と日本仏教史がコンパクトによくわかるが、日本仏教の世界構造の考察、本覚思想、浄土思想などの歴史は、心の考察だけをもとめるわたしにとっては膨大な無意味に思える。
吉川幸次郎『中国文学入門』 講談社学術文庫 76/6. 580円
中国的達観の根拠やよい詩人をもとめてこの本を読んだ。非虚構性、現実的、政治志向などの中国文学の性質がよくわかる。
赤根祥道『禅に学ぶ人生の智恵 心を強くする名訓50』
三笠書房 知的生きかた文庫 85/11. 495円
禅僧の言葉が引用されてよいタイトル、テーマはあるのだが、この知的生きかた文庫独特の前向きさやビジネスの貪欲さがかなりイヤ味だった。
『杜甫詩選』 岩波文庫 (712-770) 700円
中国の詩の安らかさ・悠久さなどを求めてこの詩を読んでみたが、残念ながらわたしには陶淵明の詩のような安らかさは感じられなかった。
洪自誠『菜根譚』 岩波文庫 16世紀末 660円
達観し過ぎているすごい人生の知恵の書である。中国人の人生訓というのはかなわないなと思う。西洋人の人生論でこのような名著に出会ったことはない。
結果や結末から心の働きや人々の行いの過ちを伝えている。人生から一歩退いて客観的にながめるさまはさすがに達観している。
まだ読んでおられない方にはぜひお勧めしたい一冊である。
現代人に必要な言葉を引用します。
「財産の多い者は莫大な損をしやすい。だから金持ちより貧乏人の方が、失う心配もなくてよいことがわかる。また地位の高い者は、つまずき倒れやすい。だから身分の高い者よりは身分のない庶民の方が、いつも安心していられてよいことがわかる」
鈴木大拙『東洋的な見方』 岩波文庫 97/4. 600円
90歳前後に書かれたエッセイということだが、個人的には文章の運びかたや書く姿勢というのか、なんだかわからないが気に食わなかった。
わたしは東洋的な安らぎの根拠みたいなものを探ろうとしていたので、この本からはべつにそのようなものは得られなかった。
岡村繁『陶淵明 世俗と超俗』 NHKブックス 74/12. 600円(古本)
穏やかでほんわかとした陶淵明のイメージをはがして、官の栄達や利己的な貪欲につきすすんだ陶淵明の本当の姿を現そうとした本だが、なにもそこまで高潔なイメージをひんめくらなくともいいじゃないかと思えるが、客観的な真の姿を現しているという点でこの本はべつに悪いものではない。
そもそもそんな高潔で高貴な人物なんか求める気もない。淵明の詩自体が苦悩と煩悶の多いだめな要素の人間を現わしているからこそ、長く人々に愛されてきたのだろうし。
坂崎重盛『超隠居術』 ハルキ文庫 95. 580円
現代的感覚から隠遁を捉えている本ということで手にとってみたが、作者の個人的趣味の世界は好きな者でないととても読みつづけられない。
森三樹三郎『老子・荘子』 講談社学術文庫 94/12. 1200円
老子・荘子の思想・伝記および仏教との関わりがたっぷり詰め込められた本。
老子に関しては少々かじっているから荘子について知りたかった。荘子の寓話で、人の乗っていない船がぶつかってきても怒らないが、人の乗っている船なら怒るという話や、絶世の美女も鳥や獣には肝をつぶす恐怖でしかないという話はおもしろい。
目崎徳衛『出家遁世 超俗と俗の相剋』 中公新書 76/9. (古本)
遁世者たちの生き方は管理社会から脱出する手掛かりになるだろうか。
藤原氏の栄華の時代には醜悪な争いを嫌いエリートの遁世があいつぎ、鎌倉武士は所領も役職も失わずに遁世ができたため流行になった。
この本からはそのような遁世者の系譜が知られるが、かれらの伝記をのべた大部分はたいして印象にも残らなかった。
張鐘元『老子の思想 タオ・新しい思惟への道』 講談社学術文庫 87/7. 1000円
老子の逆説的な言い方が驚かされる。
人為でおこなったものは、その解決を計ろうとしたもともとの原因をますます混乱させるのみだというのが老子の根本的な考えのようである。
逆説のさまざまな現れをいろいろな物事から老子のように見出せるだろうか。
この本の注釈はハイデッガーや西田幾多郎、ユングの思想をもちいて解説しているが、ちょっと老子の思想と向かうところが違うように感じられた。
一海和義『陶淵明――虚構の詩人』 岩波新書 97/5. 630円
陶淵明がどのように読まれており、どのように評価されているのか、知りたいから読んでみた。このような解説本が出ているということは人気があるんだな。う〜ん、べつに感想はないな。
『陶淵明全集』 岩波文庫 (365年〜427年没) 上下各500円
前に読んだ『中国の隠遁思想』のなかに陶淵明という人物が触れられていたから、書店でぱらぱらとめくってみたら、とても心が和らぎ、読後感がいい。
諦観であったり、脱俗であったり、安らかな自然や心境を詠ったり、ささいでほんわかとした日常の幸福をうたっていたり、ときには後悔や悲嘆を正直に吐露して、ひじょうに心地よい詩である。
隠遁と世俗を否定した生き方が魅力的なんだろうな。
隠遁と心の平穏について考えてみました。「陶淵明の隠遁と脱俗について思う」
藤原新也『全東洋街道』 集英社文庫 82/11. 上下各714円
壮絶で、すさまじい、と形容するしかない全東洋旅行記と写真集。
アンカラの娼婦たちの写真、人界からまったく断ったチベット寺院への、夢物語のようなエピソード、ビルマを境にするアジアの鉱物世界と植物世界の対比、人を見ず物だけを見る中国人など、人々の生きざま、生きるということ、アジア世界の風景景色がなまなましく伝わってくる秀逸した写真集だ。
藤原新也の写真集と文章というのはかっこよくて詩的なんだな。生きざまをダイレクトに捉えた写真があるからなおさらなまなましい。
旅行記は文章だけではやはり想像力が補えない、やはり写真がないと光景や人物はダイレクトではなく、興味が乏しくなる。
森三樹三郎『「無」の思想 老荘思想の系譜』 講談社現代新書 69/10. 650円
老荘思想全般と親鸞、宣長、芭蕉に与えられた影響がのべられている。
忠臣孝子があらわれるときはそれだけ世の中が混乱している証拠であり、それゆえそれらの教えはますます混乱を大きくするという老子の説はなるほどである。
中国では仏教ははじめまったく無視されたが、王朝が弱体化するまで上下の別を重んずる儒教が栄え、衰えると老荘思想が仏教導入の下地をつくったそうだ。
金の材料が名剣になりたいと望めばおかしいと思うが、人間もいつもそのようなことを望んでおり、自然に任せろという老荘の思想は流石である。
今村仁司『近代の労働観』 岩波新書 98/10. 640円
やってくれました、今村仁司と思わず喜びました。
労働があまりにも突出してしまった現代の労働中心社会というのはあまりにも異常だ。人生や生活より労働が大事で、人生のすべてを剥奪してしまう労働社会は、あまりにも本末転倒で狂気に満ちている。
ほんらいの人生や喜びが抹殺されるまで労働が覆うこの現代社会とはいったい何なのか。
17世紀西洋以降では「無為怠惰」が闘いの相手となり、貧民や浮浪者、あるいは反逆者や犯罪者を救済・収容するために人格矯正の手段として労働が強制された。
近代は国家や産業がその必要から人々を労働人間へと矯正・規格化していったわけだ。
そして現代の労働観は、人から褒められたり、認められたりする虚栄心という、パスカルがいう頭のなかの虚構を充足させることが真実の人生の満足と思っている。
虚栄心が――着飾ったり、豪邸に住んだりする外面的なものとちがって、上司や世間に認められるという自己満足が、労働中心社会の支柱を支えている。
世界を圧倒した近代産業社会というのは虚栄心の肥大化が推進力だったのだ。
われわれはこのまま労働の狂気――つまり虚栄心の狂気に押し流されるまま、この人生や社会を突っ走ってゆくだけでよいのだろうか……?
野口三千三『原初生命体としての人間 野口体操の理論』
岩波書店 同時代ライブラリー 72/9. 1100円(古本)
この人の著作が文庫で出ているなんて知らなかった。
からだの感覚、からだとはなにか教えてもらわなければならない。
われわれは視覚に頼り過ぎているため、からだの内部の感覚を知らない。そのためにからだのコントロールができず、思考や知識、医者などの借り物に、みずからの内なる身体を投げ捨てるような羽目に陥ってしまう。
からだの諸感覚を鋭敏にすることによって見えないなにかが見えてくるとわたしは思う。
この本はちょっと難しかったりするけど、からだの蔑視と無視から脱して、みずからの身体感覚や知識をとりもどすためには参考になる。
片岡義男 野田知佑 佐藤秀明『カヌーで来た男』 新潮文庫 85. 705円
川はいい、澄んだ流れ、広がる景色、和らぐ心。
わたしは地元の大和川(汚染ワースト1だけれど)を上流下流とうろうろしているうちにすっかり好きになった。
そんな川でずっとうらやましいカヌー暮らしをしている野田知佑の対談と川の写真集。
なんだか原始人みたいな生活をしているが、そんな生き方も可能なのか。
小尾郊一『中国の隠遁思想 陶淵明の心の軌跡』 中公新書 88/12. 680円
日本人にとっての隠遁は世捨てであったが、中国の隠遁は政争から生命の危険を守るための手段であった。
それが老荘思想と結びつき、自由や山水をたのしむ隠遁へと変わってゆく。
このような自然に美を観ずる中国人の心の流れを追ったのがこの書である。
武内義範 梅原猛編『日本の佛典』 中公新書 69/2. 840円
日本でどのような仏教経典が受け入れられてきたのかよくわかった。
これらの経典のなかで読みたくなったのは、心を観想する『摩訶止観』くらいで、ほかは手に入りにくいこともあってあまり興味をひかれなかった。
最高の経典といわれてきた『法華経』と『浄土三部経』は岩波文庫で現代語訳で読めることもあって近々読んでみたいと思う。
ご意見お待ちしております。 ues@leo.interq.or.jp
漂泊と放浪を求めて――「98年秋に読んだ本」
「99年春に読んだ本」――身体論、神秘主義など。
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