BOOK REVIEW――思考のためのブックツール・ガイド

    現代思想はなにを語っているのか
                                            1997/Spring




    現代思想は、われわれを支配や暴力、権力から解放してくれるだろうか。

    現代社会の問題の原因を探りだし、それらの解決策を呈示できるだろうか。

    あまりにも抽象的・難解に傾きすぎ、また社会や物事を変える手段をもたないように思う。

    だが、現代の問題の根源を探りだし、なぜこのようになっているのか、

   なぜわれわれは不快であったり、苦しいのかといったことを

   明確に言葉に表わしてくれるという点で、ひじょうに重要だと思う。

    われわれはなぜむしゃくしゃするのか、なぜ社会はこんなに歪んでいたり、

   暴力や支配に屈しなければならないのか、こういったことを現代思想から

   学ぶことができるのなら、現代思想を知る意味があるというものだ。


    (なお、ほかのコーナーに重複する思想書は割愛します。)






  木田元『現代の哲学』 講談社学術文庫 720円

       


      現代哲学の流れが、フッサールやメルロ=ポンティ、ハイデッガーなどの現象学を

     中心に語られた、全体像をつかみやすい本である。

      現象学というのは、わたしにはなぜそのようなことが問題になったのか、

     なぜそういうことを考えなければならないのかといったことがいまいちわからなくて、

     理解しにくいジャンルだが、現代哲学に大きな影響を与えた潮流である。

      言葉の使い方がひじょうに独特で奇妙であるが、

     世界と自己の関係、身体との関係などを語っている。

      この本にはそれぞれの哲学者の顔写真がのせられていて、かっこいい。

      69年の出版で、レヴィ=ストロースやフーコー、ラカンまでがちょっとだけ

     とりあげられていて少し古いわけだが、それまでの流れを知るには重宝する本である。




  橋爪大三郎『はじめての構造主義』 講談社現代新書898 600円

      


      フランスで50年代末から流行りはじめた構造主義を、歴史的経緯とからめながら、

     ひじょうにおもしろく、わかりやすく説いてくれた入門書である。

      なぜそういうことを考えなければならないのかといったことを

     説明する手さばきは、卓越したものがある。

      おもに人類学のレヴィ=ストロースを紹介しているが、

     言語学やら数学などを多用して、わたしにはプッツンものである。

      レヴィ=ストロースは社会になぜ交換があるのか、交換があるから価値が生まれる、

     つまり社会とは交換のためのシステムなのだといった。

      われわれは多くの商品やブランド品を買い集めたりする毎日を送っているが、

     いったいなんのためにこんなことは行われるのだろうか、ということが、

     この交換から価値が生まれるという説から、その謎を読み解けるかもしれない。

      価値があるから交換があるのではなく、交換があるから価値が生まれるのである。

      全国がショッピング・センター化した現代社会というのは、なぜ起こったのだろうか。




  市倉宏祐『現代フランス思想への誘い』 岩波書店 2270円

       現代フランス思想への誘い―アンチ・オイディプスのかなたへ

      ドゥルーズ・ガタリの『アンチ・オイディプス』は現代思想の最前線ということで、

     いぜんから読みたかったのだが、値段は高いし、中身は難解そうで、

     自分の興味やテーマと合うのかということで、ついつい読みそびれた。

      この本はそのアンチ・オイディプスの世界を、

     実存主義と構造主義にふれながら、紹介している。

      よけいにわからなくなり、なにを言わんとしているのかもわからなくなった。

      欲望機械とか戦争機械、器官なき身体、資本主義機械とかいった言葉が

     好奇心をそそろられるのだが、わたしは現代思想になんでもかんでも興味をもったり、

     難解さに価値をおく時期を逸してしまったので、しばらく読む予定はないと思う。




  船木亨『ドゥルーズ』 清水書院 人と思想123 620円

         ドゥルーズ

      この本でやっと、ドゥルーズの思想を理解することができるか。

      まだあまりドゥルーズの解説本が出ていないなかで、早くに出た本ではないのか。

      思想状況とドゥルーズの経歴、アンチ・オイディプスの宇宙、

     ヒュームやニーチェ研究など、3編にわけられている。

      ドゥルーズはアパートから飛び降り自殺したが、なにがあったのだろうか。




  ジャック・デリダ『根源の彼方に グラマトロジーについて 上下』
                現代思潮社 各3914円

         


       ジャック・デリダはポスト構造主義を代表する思想家であるということで、

      この本を読んでみたが、なにを言っているのかほとんどわからなかった。

       文章としてはそんなにむずかしそうには思えないのだが、

      中身がなにを言っているのか、理解できなかった。

       なんでも、言葉や論理ですべてを捉えられるとした「ロゴス中心主義」、

      「形而上学」を、プラトンからさかのぼって、その企ての不可能性を

      表わそうとしたらしいのだが、この本からとてもそのような意図を読み出せなかった。

       まあ、がんばってください。




  藤沢令夫『ギリシァ哲学と現代――世界観のありかた――
                岩波新書126 550円

        

       この本はとても感動した覚えがある。

       近代思考の問題点を、「思考」と、感覚がなく、価値がなく、

      目的もない「物」の世界に分けた二元論にあるとした。

       空間や時間は等質で没価値性のものになり、

      人間の生き方・行為のありかたから切り離された。

       このような捉え方が自然破壊をひきおこしたり、また機械をつくりだしたり、

      人間を機械や経済道具として利用される世界を生み出したのではないだろうか。

       ギリシァからはじまる自然科学が、われわれから人生や自然の、

      豊穣な価値や意味を奪い去ったのではないだろうか。

       世界はわれわれの知覚や感覚、主観から引き離されて存在するのではない。




  エドムント・フッサール『ヨーロッパの学問の危機と先験的現象学』
           中公文庫/中公バックス 世界の名著62 1500円

        

        『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 フッサール 中公文庫


        ひじょうに重要な書と思うのだが、読んでみるとかなりむずかしい。

        わたしの言葉ではとても説明できないが、宝島別冊『現代思想・入門』から

       引用すると、ガリレイやニュートンなどが世界を測定可能なものと見なしたのは、

       はじめに世界が客観的に存在するという検証抜きの前提から生じた、

       大きな臆見ドクサだというのである。

        これが現在の学問上の危機を招き寄せているとフッサールはいっているらしい。

        均質に均等された空間や時間、あるいは客観的に存在すると思われている物体が、

       現代社会の多くの問題をつくりだしているのではないか。




  ギ・ソルマン『20世紀を動かした思想家たち』 新潮選書 1300円

         二十世紀を動かした思想家たち

        自然科学から哲学、作家とひじょうに幅広く、

       今世紀の思想界に影響を与えた人たちのインタヴューを集めた本である。

        カール・セーガン、スティーブン・J・グールド、レヴィ=ストロース、ミンスキー、

       中上健次、ハイエク、ルネ・ジラール、ポッパー、といった人たちがとりあげられている。

        こういういろいろな人たちの思想をまとめて知ることができる機会というのは、

       そうそうないから、この本はひじょうによい本だと思う。

        著者は60年代末にパリの食堂でサルトルとボーボアールを見かけていたらしいが、

       とうとう声がかけられず、その後悔がこの本の出発点になったようである。




  茅野良男『実存主義入門』 講談社現代新書168 650円

          

        現代の哲学者といえば、いぜんはほとんどサルトルしか知らなかったのだが、

       本を探してみれば、意外に見つからない。

        かなり人気が凋落したようである。

        哲学というのはだいたい、主観的なものと客観的なものとが交互に流行るらしく、

       現在は構造主義のような客観的なもののほうが力をもっているようである。

        この本は、ハイデッガー、ヤスパース、サルトルなどの実存主義者の思想が

       解説されているが、わたしにはどうも実存という問いがよくわからない。

        そのような問いを発する気分も問題意識もあまりない。

        このような問いはたぶん、自分とはなにかという深い疑惑や喪失感、

       あるいはアイデンティティの動揺にとらわれないと、

       問い詰められないものなのかもしれない。




  マルティン・ハイデガー『存在と時間 上中下』 岩波文庫 570/670/620円

             

        20世紀の金字塔とよばれる哲学書だが、3巻を読破したことはしたが、

       氷の上をつるつると滑るように、その意味や内容がわからないまま、

       文章の上を滑りとおしてしまった。

        奇怪で奇妙な言いまわしながら、なんとかわかりそうだ、

       なんとか意味をつかみかけた、という箇所はいくらかあったが、

       そのたびにするりと意味が逃げてしまっていた。

        哲学者は難しい言葉使いが好きなみたいだ、その方が哲学者受けするのだと

       勘ぐりたくもなるが、この本が理解できなかったのは、

       やはりわたしのなかに、この問いに関する真摯な問題意識がなかったからだろう。

        読みとおしただけでも、変な充実感があった書物である。

        現在のところ、本棚のハクつけ、飾りになっている。




  中村雄二郎『哲学の現在』 岩波新書 580円

         

          『述語集』    岩波新書 620円

         

          『問題群』    岩波新書 550円

          問題群―哲学の贈りもの


        あまりとんがったところがなく、目からうろこが落ちるような経験をさせてくれる

       本ではないが、哲学的問題や言葉をじっくりと説明してくれる本である。

        『哲学の現在』では感覚や想像、共同社会といったものが語られ、

       『述語集』では、哲学の話題のキー・ワードがのべられ、

       『問題群』では、さまざまな哲学者の語る問題がとりあげられている。

        やさしく語ってくれるので安心して読めるが、

       なにか鋭さや深さといったものはあまりないかもしれない。




  河野健二編『世界の名著』 中公新書16 660円


         

        近代以降の世界の名著を顔写真入りで紹介したすばらしい書である。

        こういった本は人間や社会、歴史などに漠然とした興味をもつと、

       なにを読めばいいのか教えてくれる、とてもよいナビゲーターになってくれる。

        ルソーやダーウィン、マルクス、フロイトと世界を変えてきた名著が、

       ずらりと並べられていて、とても心躍らされる。

        社会やその後の歴史を変えてきた書物は、現在読んでみると、

       その社会的背景がわからなければ、なぜそのようなことが問題になったのか、

       わからない書物もあるが、多くの書物は何十年、何百年たっても、

       その価値を失わずに、現代でも、ものすごく通用するものである。

        ミルやフロム、トクヴィルが警告する多数者の暴虐といった事態は、

       マスコミが加速させて、現代でもまったく変わっていない。




  小坂修平他『わかりたいあなたのための現代思想・入門U 日本編
             別冊宝島52 JICC出版局 1010円

           


        日本を代表する思想家たちが紹介されているスグレた本である。

        吉本隆明や70年代のヒーロー――山口昌男や廣松渉、中村雄二郎、

       80年代のヒーロー――柄谷行人、岸田秀、栗本慎一郎、丸山圭三郎、今村仁司、

       といった人たちが紹介されている。

        日本の思想状況などほとんど知らなかったので、

       ひじょうに便利な見取り図をこの本は与えてくれた。

        わたしがひじょうに感銘した人たちというのは、岸田秀と今村仁司、竹田青嗣で、

       共同幻想や現代思想の状況など多くを学んだ。




  クリスチャン・デカン『フランス現代哲学の最前線』 
                   講談社現代新書1263 750円

           


        ドゥルーズやデリダなどのポスト構造主義以降、

       あたらしい思想潮流は現れていないのか、と気にかかる。

        この本ではアナール学派をすこし批判するような動きが出ていることなどを

       教えてくれているが、構造主義や権力と欲望、ポストモダン、脱構築、

       といった従来とあまり変わらないテーマを追究しているようである。

        冷戦構造が終わったあと、世界は大きく様変わりしていると思われるが、

       時代の変化に敏感に反応したような思想はまだ現れていないのだろうか。




  浅田彰『構造と力 記号論を超えて 勁草書房 2266円

          


        83年あたりに10万部を越えるベストセラーとして、話題になったそうである。

        いまでは『ソフィーの世界』のヒットやタモリの哲学番組などで、

       哲学がだいぶメジャーになってきたのだが、それまではやはり、

       「ネアカ」とか「軽薄」がもてはやされ、「ネクラ」とか「オタク」が嫌われていたので、

       この浅田彰現象とよばれたブームがあったのは、驚きであった。

        現代思想が受け入れられる土壌が整いつつあったのだろうか。

        あるいはブランド品がブームになりかけていたから、その延長だろうか。

        ブームから10年近くたってはじめてこの本を読んでみて、

       あまり感銘をうけたとはいえない。




  浅田彰『逃走論 スキゾ・キッズの冒険 ちくま文庫 490円

          


        逃げろ逃げろ、蓄積のパラノ型の文明から、スキゾ人間へと。

        もう崩壊しかけのパラノ型住居から、遊牧民のように軽く逃げ出せ。

        ひじょうに気持ちのよい宣言なのだが、そうしたら生活費はどうしたらいいのか、

       家賃はどうするのか、子どもの生育費はどうなるのか、老後はどうするのか、

       といった心配ばかりが蓄積されるのが、現実の重みというものだ。

        逃げ切れないところに、現代という過渡期の苦しみがある。

        世のなかはこれまでとまったく変わるという予感と、

       いいや、これまでとまったく変わらない歴史がつづいてゆくのだ、という予感のなかで、

       たまらない息苦しさを感じながらも、これまでの会社勤めや学校生活を

       つづけてゆかなければならないという矛盾に苦しんでいる。

        堅実な生活をしていても、リストラや年金破綻のサギにあうかもしれないし、

       いい加減な生活をしていたら、企業社会に受け入れられない。

        現代は、未来への鋭い予測がとても必要である。

        いずれにせよ、極端に走らず、中庸が肝心なのかもしれない。

        この本にはドゥルーズ=ガタリやマルクスについての対談集が収められている。




  丸山高司編『現代哲学を学ぶ人のために』 世界思想社 1950円

          現代哲学を学ぶ人のために


        フランスの構造主義だけではなく、現象学や解釈学、プラグマティズム、

       フランクフルト学派、分析哲学の最近の動向といったことまで視野に入れた、

       現在の思想状況がよくわかる本である。

        現象学やネオ・プラグマティズム、ポスト分析哲学などに新しい動向が、

       芽生えているようである。

        このなかから21世紀を代表する哲学者たちが現れてくるのだろうか。




  鷲田小彌太監修『POPな哲学』 同文書院 1300円

           


        さいきん、精力的な活動をつづけている著者の哲学入門書。

        ちょっと読者をバカにしすぎているのではないか、と思うこともあるのだが、

       それでも、これほどまでに哲学をあっさりとまとめてくれたら、

       ひじょうに理解の助けになる。

        哲学というのは難解で深遠なところに惹かれるという魅力もあるのだが、

       それではなにを言っているのか、ケムにまかれて、わからないところがある。

        この本はひじょうに身近なサブ・カルチャーなどから哲学を説きおこしていて、

       たいへん理解しやすいつくりになっている。

        この哲学者はこんなことを言っていたのか!

       とはじめて気づかせてくれる本である。




  鷲田小彌太『哲学がわかる事典』 日本実業出版社 1600円

          


        この哲学事典はやはりテーマがいい。

        ふつう哲学事典なんかはだれそれがこのようなことを語ったということが

       メインになるのだが、この本ではあくまでも疑問や謎が出発点になっている。

        幸福とはなんなのか、経済をどう考えるか、社会主義の崩壊をどう考えるか、

       なぜ人は働くのか、なぜ結婚するか、ということなどが考えられている。

        哲学者がまずはじめにあるのではなく、疑問や問題がはじめにあるのがよい。

        ただこういう教科書的な本はなぜか、これらが著者独自の考え方である、

       ということが見えなくなり、一般的・絶対的な見解に思えてしまうのが危険なところだ。

        どんな著作も、あくまでも個人の意見にしかすぎない、

       ということを忘れないようにしよう。




  『現代思想の109人』 現代思想臨時増刊 青土社 1200円


         

         思想家、政治家、芸術家、人類学者、経済学者、建築家と

        幅広く現代のキイ・パーソンを紹介した本である。

         こういう本というのは、先人たちの遺産にふれるよい機会になるが、

        残念ながら、この本から啓発されて読みたくなった思想家は少なかった。

         顔写真を拝められるのが、魅力である。




  栗本慎一郎『鉄の処女 血も凍る「現代思想」の総批評 
                 光文社カッパサイエンス 790円

          


        85年くらいの知識人の様相がよくわかる本である。

        浅田彰や蓮實重彦、柄谷行人、丸山圭三郎などを、

       ひじょうに身近な視点から、批評していて、とてもおもしろい。

        註の人物紹介がまたユニークで、酷評していて、

       この知識人にはこんな面があるのかと、とてもおもしろい。

        83、4年あたりには浅田彰や中沢新一などニューアカデミズム・ブーム

       というのがあったらしいのだが、その喧騒をこの本は伝えている。




  栗本慎一郎『パンツをはいたサル』 光文社カッパサイエンス 790円

          


        ひじょうに感銘した覚えがある。

        この本を読めば、かなり人間観や社会観が変わると思う。

        人が働くのは、破壊するためである。

        破壊する快感や陶酔を徹底的に味わうために、生産する苦しみを味わう。

        パンツをはくのも、禁欲したあとの快楽を得るためである。

        非日常的なもの快楽のために、日常的な制約があるのである。

        死を隠すのも、非日常的世界が現われるのを防ぐためである。

        社会や経済はこのような論理で組み立てられてきたのを、

       近代科学や近代経済は、すっかり忘れてきたのである。

        このキチガイ労働社会の日本についても、考え直してもらいたいものだ。

        どこかで軽い破壊や蕩尽をおこなわないと、

       戦争のような破壊的な衝動が噴出すると、この説は示唆している。

        ふと、日本の戦争反対のかけ声を思い出した。




  ライアル・ワトソン『生命潮流 来たるべきものの予感 工作舎 2266円

          


        人間や社会などある程度見なれたものばかり対象にしていると、

       この世界がどれほど、神秘的で不可解なものか忘れてしまう。

        この本は生命や宇宙、生物、意識、自然現象、超常現象といったものを、

       じつに具体的で不可解な事例をいくつも引き合いに出しながら、

       この世界の不可思議さについて語っている。

        ひじょうにひきこまれ、その事例の不思議さに、

       いっしょに頭をひねらざるを得なくさせる書物である。

        自然や生物を語っていながら、ユングの引用ばかりあるのが変わっている。







 近代哲学の語っていること


   
  アルトゥール・ショーペンハウエル『読書について』 岩波文庫 310円

             


       読書について、鋭い警句をのこした、ぜひ一度は読んでもらいたい本である。

       読書とは他人にものを考えてもらうことであり、読書ばかりする人間は、

      しだいに自分でものを考えなくなり、これが大多数の学者の実状であるというのである。

       自分でものを考えなければ、それは自分のもの――血と肉にならない。

       とにかく書くことである。

       書かなければ、自分がなにを考えているのかすらわからないし、

      つぎの瞬間には、いままで考えていたことは空っぽになってしまうからだ。

       読書で寄せ集めた知識がどんなに愚かなものか、

      この本は仮借なくあぶり出している。

       他人の知識量を競うより、自分の実感や感覚で問題をつかまなければ、

      なにものも得ることはないし、知識にまみれた頭は、身軽で敏捷な判断を

      おこなえない――つまり新しい発見はおこなわれないのではないだろうか。

       問題はいつでも未知なもので、新しいものだ。

       読書するときには、このショーペンハウエルの警句をいつでも思い出したいものだ。




  ルネ・デカルト『方法序説・情念論』 中公文庫 470円

         『方法序説・情念論』 デカルト 中公文庫


       『方法序説』というのは意外に読みやすく、いっしゅの教養論を語ったものである。

       どのように知識を疑い、どのように考えたらよいのか、

      といったことをのべている。

       『情念論』はなかなかおもしろく、さまざまな感情はどのようなものか、

      感情は、どのような心臓や血液などの動きによってかたちづくられるのか、

      といったことがひじょうに厳密に論理的にのべられている。

       よくこんなていねいな考察をなしとげたものだと思うが、

      現在の医学の常識と比べられないのが、残念である。





  ベネディクトゥス・デ・スピノザ『エチカ 倫理学 上下 岩波文庫 520/360円

             

       現代思想の羅針盤・今村仁司が高く評価するので読んでみたが、

      数学の証明のような、緻密で論理的な文章にはちょっと辟易した。

       なぜこんな緻密な証明が必要だったのかと思うが、当時、

      それほどまでに、真理を証明する手段がゆらいでいたのかもしれない。

       わたしにはこの本のすべてを学ぶことはできないが、

      精神や感情、知性などについての鋭い洞察を得ることはできるかもしれない。





  ブレーズ・パスカル『パンセ』 中公文庫 920円

        『パンセ』 パスカル 中公文庫

       近代合理主義の権化のようにいわれるデカルトを早くから批判していた、

      ということで読んでみたが、ほんのちょっと触れられているだけだった。

       内容としては、ひじょうに鋭い人間洞察が、断章のかたちで並べられている。

       途中から神学ばかりになるので、たいくつで、さすがにさいごまで読めなかった。





  プラトン『ソクラテスの弁明』 角川文庫 310円


        『ソクラテスの弁明』 プラトン 角川文庫


        こんなもののどこがいいのか、わたしにはよくわからない。

        だれもかれもがプラトンを評価するので、わたしも数冊読んでみたが、

       どうもどこがそんなのいいのか、理解できない。

        だれかれかまわず、うじうじと質問・反論してくれるソクラテスのような、

       ジジイがいたら、アブカのようにうっとうしいものだ。

        シェークスピアがヨーロッパの上流階級にことごとく、

       賛美されるようなものなのだろうか。

        近代哲学のよって立つ基盤になっているからかもしれない。





  アリストテレス『ニコマコス倫理学 上下』 岩波文庫 570円

           


         倫理を語っているということだが、ほとんど感銘も、心に響くものもなかった。

         ひじょうに論理的に綿密に語っているのだが、

        そのためにめんどくさくて、論理についていけなかったのかもしれない。

         ギリシャ独特の概念も理解のさまたげになったのかもしれない。

         なんか、中庸が大事だと語っていたような気がする。





  ジャン=ジャック・ルソー『人間不平等起原論』 中公文庫 330円

          『人間不平等起源論』 ルソー 中公文庫


        なかな読みやすくて、おもしろかったのを覚えている。

        文明状態のまえには素朴な自然状態があったとし、

       私有や労働がはじまり、不平等がはじまった経緯を説明している。

        ちょっと空想的な歴史物語にしかすぎないのではないかと思ったが、

       歴史なんて実証も反証もできない、しょせんは空想にしかすぎないものかもしれない。

        一般の人たちについて、「自分の奴隷状態を誇り、それにあずかる名誉を

       もたない人たちのことを軽蔑して語る」という言葉には、心を射抜かれた。

        まったく今日の大企業のサラリーマンや公務員の状態ではないのだろうか。

        未開人は自分自身のなかに生きるの対し、文明人は他人の意見のなかで生きる、

       というルソーの批判は、現代でもまったく変わっていない。




  カール・マルクス『経済学・哲学草稿』 岩波文庫 570円

              


        社会主義の歴史的使命はもう終わったのかもしれないが、

       資本主義の諸問題はまったく終わっていない。

        われわれはこの資本主義の世界から逃れ切ることはできないのだろうか。

        マルクスマルクスと騒がれた時代からはずれて、はじめて読んでみると、

       ちょっとむずかしい、歴史的な言葉にまぶされた、時代に密着した、

       経済学の本のようでもある。

         社会や政治に関する洞察が、共産主義には欠けていたと、

        いまからでは思えるのだが、時代を知らないからそう言えるのかもしれない。

         一国の経済や社会をすべてコントロールできるという、

        おごりたかぶった知性万能主義も、崩壊に寄与したのだろう。






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