99年夏に読んだおもしろい本
  テーマさまざまな人たち―文明批判―反勤勉思想 ほか


                             後から読んだ本が上に来ます。(99/8/17更新)




  ジャック・ロンドン『アメリカ浮浪記』 新樹社 1907/11. 2500円(古本)

      

    ジャック・ロンドンは1892年から94年の恐慌期にかけて(16才から18才だが)、物乞いと

   無賃乗車の放浪の旅をつづけた。その荒々しく、悲惨で、ある意味では自由の憧憬をかりた

   てる放浪のさまをなまなましくつづったのが本書である。あまり気分のよい本ではない。鉄道員

   に追われたり、デカに追い立てられたり、刑務所の生活など、小説ならおもしろかったかもしれ

   ないが、これはじっさいの体験談なのだ。でもこれが自由というものであり、ほかの人たちから

   貶められたり、追い立てられたりするものの中にしか人間の自由はないのかもしれない。このよ

   うな冒険談のなかにいると、毎日の同じ日課に閉じ込められた人たちが出てくると、ぞーっとする

   ほど恐ろしいことのように思えた。




  桜井哲夫『思想としての60年代』 ちくま学芸文庫 88/6. 880円(古本)

      

    反体制文化が花開いた60年代というのは、それ以降の保守的な時代に生まれた者に

   とっては信じ難く、またうらやましい時代でもある。でもあの時代、若者たちがなににたいして

   あんなにいらだっていたのか、なにがあったのかよくわからないところがある。ということで、

   この本を読んだが、鋭い分析はとてもおもしろかった。武士的エートスとしての少年野球マンガ、

   マイノリティと『逃亡者』、近代擁護者としての吉本隆明など、いくつも感嘆した。




  前坂俊之『ニッポン奇人伝』 現代教養文庫 96/2. 520円(古本)

       

    奇人伝というよりか、知識人を中心に人なつっこい笑い話やエピソードを紹介したという感が

   強い。まあまあ、おもしろいし、飽きさせない。著者によると明治・大正より奇人変人は減る

   一方だとのことだが、見えない抑圧や禁止がよりいっそう強くなっているということだ。




  中野孝次『人生を励ます言葉』 講談社現代新書 88/9. 550円(古本)

      

    世界の名言をあつめた本はおトクである。挫折したときや迷っているとき、それらの言葉は

   励ましや助言、決断をあたえてくれる。いくつかの言葉をチョイス。

    「彼は何かをしたからではなく、彼が彼であるという、ただそのことによって母に愛される」

    「流行にもっとも忠実であった者ほどその流行に裏切られた」

    「したくない仕事をして多くの収入を得るよりは、心や精神の飢えのほうが問題だ」

    「自分のうちなる要求に忠実であることを選んだ者は、だれでも遭うわけではないかずかずの

   困難に出会うだろうが、それもみずからの責任において選んだのだ」

    「自己に対するなんという無礼だ、その決心をしたときより今の自分のほうが利口だと、

   どうして思うのか」――スタンダール

    「生を断ち切られたと知ったそのとき初めて、絶対的な今という時に出会ったのだ、生は今

   このときしかないという事実に」




  中野孝次『自分らしく生きる 自分の道を選ぶには? 
          講談社現代新書 83/9. 540円(古本)

      

    『清貧の思想』のイメージが強い中野孝次が物質主義・制度批判のような本を書いていた

   のは意外だったけど、基本的にわたしがこれまで好んで読んできた本と同じことをいっている

   ように思われた。でもこのような活字の本を読まない人たちは、テレビや雑誌の広告や情報

   の世界を無批判にうけいれているだけなのだろうな。




  崎山克彦『何もなくて豊かな島 南海の小島カオハガンに暮らす 
                  新潮文庫 95/6. 476円(古本)

       

    エメラルド・グリーンの海にかこまれた南海の小島に暮らすというのは多くの人の理想で

   あるのだが、この著者はじっさいにフィリピンの小島を買いとって暮らしている。この本の全

   エピソードはとてもよく、快適で、いっときの南の楽園の擬似体験を楽しませてくれる。抜群

   である。島の人たちは明日の心配をまったくせず、自然の恵みをうけて暮らしている。ある人

   たちにとってかれらは明日の生計もたてられない貧しいかわいそうな人たちであるのだが、

   ある人たちにはうらやましい楽園の住人という両義的な存在である。金持ちはかれらを憧れ、

   貧乏人は金持ちを憧れる。ヘビのしっぽ噛みみたいなものである。




  多田道太郎『物くさ太郎の空想力』 角川文庫 80/11. 260円(古本)

    下記の本を読んで怠けものの本を探したわけだが、「怠惰の思想」という対談集はあったが、

   あまりにも物足らない。




  笹川巌『怠けものの思想 80年代の行動原理 PHP研究所 79/9. 980円(古本)

     

    よくこんな本を見つけたものだ。でも「怠けものの思想」というのはひじょうに大事だと思う。

   怠慢や怠惰のなかにカネや効率ではないもっと大切なものがあるはずである。そこにこそ、

   ラディカルな問いかけがあるというものだ。この本では怠け者とその讃歌がずらりと並べられ

   ている。ポール・ラファルグ、バートランド・ラッセル、物草太郎、三年寝太郎などがとりあげら

   ている。怠け者をあつめた本というのはあまり見つけられないので、けっこうありがたい本だ。

   もっともっと怠けものについて追求したいと思ったのだが、昨今の書店ではほぼ見当たらない。

   勤勉についての小咄をひとつ。「いい若者が昼間からごろごろ寝やがって。働いたらどうだ」

   「働くとどうなる」「金持ちになれば寝て暮らせる」「そんならもう寝ている」――アホみたいである。




  三上剛史『ポスト近代の社会学』 世界思想社 93/5. 1950円(古本)

      ポスト近代の社会学

    たった100円の古本だったので読んでみたが、ポストモダンの社会学者や哲学者について

   語られていたのだが、興味は魅かれはしたのだが、ほとんどわからなかった。




  内山節『哲学の冒険 生きることの意味を探して 平凡社ライブラリー 99/6. 1000円

      

    いちおう中学向けの哲学案内がもとになっているが、いまの社会や生き方に対する根本的

   な疑問や懐疑からはじまった問いかけはとても心を打つ。とくにこの著者は労働について考え

   ている人らしく、どんなことをいっているのかと手にとった。ふつうの生き方や競争に勝つ生き方

   に対する疑問からさまざまな哲学者が語られており、哲学とはこうでなければと思う。




  フレデリック・フェイエッド『ホーボー アメリカの放浪者たち』
                晶文社コレクション 64. 1200円(古本)

      

    ホーボーというのは19世紀後半、アメリカ大陸を鉄道で渡り歩いた人たちのことをいう。

   そういった人たちを描いたジャック・ロンドン、ドス・パソス、ジャック・ケルアックといった文学者

   たちをとりあげている。放浪というのは会社や家に縛りつけられた者たちにとってはたまらなく

   うらやましく、焦がれるものである。鉄道の発達とあいつぐ不況の波によって働けない人、

   働きたくない人たちが鉄道を渡り歩く。かれらには労働から解放された解放感と、社会から

   落ちぶれた劣等感を同時に抱え持つ。自動車の発達とともにかれらは姿を消すが、4、50年代

   にはかれらは対抗文化のヒーローとなってゆく。路上に出るということは社会に背を向ける

   シンボルであった。ビート・ジェネレーションやヒッピーといった流れである。こういった流れは

   ほとんど姿を消したが、現在では先進国の若者たちの旅行者や失業者にうけつがれているの

   だろう。あ〜!ウラヤマシ〜! 日本にはそういった自由さや反抗心がまるで皆無だ。だから

   日本という国は腐ってゆき、若者には活力も将来の希望もないのだろう。




  イヴァン・イリイチ『シャドウ・ワーク 生活のあり方を問う
             岩波ライブラリー 81. 820円(古本)

      シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う

    たいがいは興味をひかれなかったからか、難しかったからか、よくわからなかった。ただ、

   開発や経済成長が、人々の自立を暴力的に駆逐し、生産や消費に依存せざるを得なくさせて

   いる、生産者の地位を高め、消費者を堕落させているだけだという鋭い批判は耳に残っている。




  浅井隆『勝ち組の経済学 2010年までに起こる12の出来事
                 小学館文庫 99/7. 438円

       

    文庫の書き下ろしなら、少々空想的・扇情的な浅井隆の本を買おうという気になる。

   読んでいるうちに恐ろしい未来にひきずりこまれるのは、あいかわらず浅井マジックだといい

   たくなる。国家財政の破綻は印象にのこった。年収540万の人が毎年700万使い、たりない

   160万を借金、その総額が6000万以上というのが国家財政の現状というのだ。借金をチャラ

   にする「徳政令」が出てもおかしくないというものだ。あとインフレの時代がやってくるというのは

   意外だった。浅井隆の本というのはそれなりの危機感・緊迫感というのをいつも与えてくれるが、

   読後にいつも「……でもなぁ」というため息が出てしまうのは、大きなトレンドに無力な個人が

   なにをできるのかというあきらめからだろうか。




  加藤秀俊『生きがいの周辺』 文春文庫 70/11. 260円(古本)

      

    もう30年前の仕事と人生についての本だが、驚くほどいまの感覚とぴったりだし、いま

   われわれが抱えている問題とまったく同じものだ。現代は竜馬の時代のようなフロンティアが

   なくなった、仕事というのはプライドを傷つけられること、あれもこれもになりたい自分、「〜が

   ほしい」より「〜でいいです」を優先する社会、仕事をすぐやめたがる若隠居文化など、いまと

   まったく変わらない仕事の周辺について語られている。30年前もいまと同じような感覚・悩み

   に捉えられていたんだなと納得。それでもその後、働き過ぎは加速し、手厚い社会保障に

   釣られるように若者は超堅実・保守的に生きるようになった。そしてこれらの問題群にたいする

   答えを社会は見つけられず、またもや同じ問いにつきあたろうとしているように思える。ただし、

   人手不足の当時とちがって、こんどは人々がつぎつぎとクビを切られるリストラ時代だが。




  福田洋『にっぽんの仕事型録』 小学館文庫 98/9. 590円(上巻)

      

    さまざまな仕事を当事者が語るという本だが、残念なのはこのインタビューはバブル期に

   おこなわれたことだ。平成不況によって内容はだいぶ変わっていることだろう。いろいろな

   職業を当事者が語るというのはなかなかおもしろく、営業口調になったり、経歴話になったり、

   グチや諦観口調になったり、かなり個性が出ていてまさに十人十色だ。この仕事にたいする

   捉え方や考え方をもう一歩ふみこんで分類したり、分析したりしたら、理解を深められたかも

   しれない。




  大越愛子『フェミニズム入門』 ちくま新書 96/3. 680円

      

    フェミニズムはもしかして会社と労働に囲い込まれた男たちを救う知恵を与えてくれるかも

   しれないと期待したのだが、そういう知恵はこの本からは与えられなかった。女性は「男」に

   なろうとするのではなく、会社や仕事から脱け出す戦略を考えてほしいものだ。フェミニズムの

   なかにそういう収穫があると期待したのだが、書店ではあまり見つけられなかった。




  ゲルハルト・プラウゼ『年代別エピソードで描く天才たちの私生活』
                   文春文庫 1983. 648円

      

    芸術や文学で天才ともてはやされた人もそれなりの苦労多き人生を送っていることを

   知れば、われわれ悩み多き凡人もおおいに慰められるというものだ。ゴーギャンの株式売買人

   から食えない画家への転身、ドストエフスキーの流刑とギャンブルの壮絶な日々、トルストイ

   の安楽な日々からの別れ、などのエピソードがとくに印象深かった。天才の順風満帆な日々

   より壮絶で危機の迫った日々をのぞむというのは、有名人のスキャンダルをのぞむ気持ちと

   同じものである。「何人も悩まず、苦しんだりしない人はいない」という教訓がほしいわけだ。




  藤原和博『処生術』 新潮社 97/12. 1200円(古本)

      

    これからの幸福を考えるということで路線はいいと思うのだが、少し個人的なキャリア自慢が

   多すぎてハナについた。自分のことを語り過ぎている。あまり好きにはなれなかったけど、

   「アール・ド・ヴィーヴル」というフランス人の芸術的生活態度には学びたいと思う。
    



  日下公人『新しい「幸福」への12章 経済と人生哲学の接点から
                  PHP研究所 88/1. 1200円(古本)

        


    日下公人の幸福論なら読みたいと思っていたのだが、あいかわらずスルドイ言葉が

   いくつもあって驚くばかりだ。この人はまさか天才じゃないかと思ってしまう。

    人生にはビジネス型人生とかぶら菜型人生と芸術家型人生があるといい、ビジネス型では

   要求が高すぎたら引き下げることが肝要、獲得した後のことが見えてこないといわれている。

   かぶら菜は仏教の努力や喜びを否定する態度で、失敗や不幸の後悔に気をつけなければなら

   なく、芸術家型はこれからの利他的な生き方として考えるべきだという。ほかに日本人が

   働き過ぎで自由がないのは会社が仲間とその老後を守るための集団になったからだという

   ことや、権力や財力をもてば自由になれるのか、ほしいモノをつくると弱みができるなど、

   考えさせられる指摘がなされている。貧困からの脱出という経済的向上心はもう終わった

   21世紀型の幸福をつくりだすのはひじょうにムズカシ〜イ! 平成不況という経済的脱落の

   なかから生み出してゆくしかしょーがないのかな?

    この本に刺激されて考えてみました。幸福の「歯止め」論について――。




  ヨハン・ホイジンガ『中世の秋』 中公文庫 1919. 上下各460円(古本)

      


    これから反物質的な中世のような時代になるという堺屋太一の『知価革命』をひさしぶりに

   読み返していて、この本を読みたくなった。禁欲や清貧、牧歌的な生といった期待していた

   記述はあまり少なくて、貪欲を悪としながらも残忍や激動に生きた中世の人たちが言葉豊かに

   語られていた。人々の精神や生き方を魅力的な文章で語っているのだが、さすがに下巻に

   なるころにはわたしも飽きてきて、著者とマジンガーZの関わりについて考えていた。




  徳永恂『社会哲学の復権』 講談社学術文庫 68. 980円

      

    文明批判を読みたいと思ったのだが、この本は現実批判というよりか、フランクフルト学派

   あたりの思想史とか方法論とかで、わたしはソーセージのことばかり思い浮かべていた。




  ひろさちや『仏教に学ぶ「がんばらない思想」』 PHP 99/6. 1500円

      


    仏教はまったくいいことをいっている。高度成長とかバブルの時代になにをやっていたの

   だろうか。この本は競争社会に走りつづける日本人のよい解毒剤になるのはまちがいない

   のだが、いったいどれだけの人が読み、かつじっさいの生き方に実践するというのだろうか。

    「なぜ日本人は奴隷になったのか」「生きがいなんて要らない」「過去のことをくよくよしない」

   「明日の心配はしない」「進歩がなくてもいい」といった魅惑的なタイトルが目白押しで、キレイ

   言はかりいう仏教というイメージを一新してくれるかなり批判精神の効いた仏教の本である。

   こういう精神のかまえはできるだろうが、じっさいのビジネス社会にどれだけの実効力がある

   のかというと、やっぱりかなり悲観的にならざるを得ない。




  宮本光晴『日本の雇用をどう守るか 日本型職能システムの行方
                PHP新書 99/1. 657円

      

    転職とか流動化の時代といわれても、じっさいは知識や経験の有無でかなり難しい。

   日本のほんとうの姿の労働市場、昇進システムを知っておくことが必要である。この本は

   かなりややこしいのだが、内部訓練の内部労働市場でやってきた日本企業が急に人々を

   放り出すのはかなり危ういと感じられた。他国との勤続年数とか訓練システムなどの比較

   はなかなか参考になる。しかし再読しないとよくわかんないなというのが正直なところだ。




  佐伯啓思『アダム・スミスの誤算 幻想のグローバル資本主義(上) 
                PHP新書 99/6. 657円

      アダム・スミスの誤算

    18世紀のイギリスでは、「徳」(ヴァーチュー)から「作法」(マナーズ)が重要になった。

   勇気より、優雅さや上品らしく見られることがより大切になった。この「見せる/見せられる」

   は「売る/売られる(買う)」という市場世界に重なり合っているという指摘にはなるほどだ。

   われわれは貨幣価値の「ふり」をしているというわけだ。




  だめ連編『だめ連宣言!』 作品社 99/2. 1500円 

        


    これはぶったまげた。「ダメ」であることをギャグにしてしまう開き直りはすごい。

   だめ連というのは職がなかったり、モテなかったり、といったさまざまなダメな人たちの

   交流会であるそうだ。もちろんわたしがとてもうれしかったのは、「仕事なんかやってられましぇ

   〜ん』といって、いかに働かないで生きていこうかと考えるだめ連の人たちである。

   「週に五日も働いていたら、おもしろいことなんか、なにもできないのですよ」といった宣言は、

   ある意味では禁句なので、よくぞ思い切っていってくれたと思う。わたしもどうやってサラリー

   マン社会から逃れようかと思ってきたし、だけど「まとも」からはみ出たり、将来の不安も積み

   重なって、いろいろ悩むことが多かったので、こういう人たちの集まりがあったというのはとても

   心強いかぎりだ。「だめ」を恐れて囚われて生きるより、開き直って自分の好きなように生きる

   ほうが幸せなのではないだろうか。かれらの生き方は閉塞社会の突破口になってくれるだろう

   か、いや、つまんないサラリーマンの画一的な生き方をぜひともブッつぶしてほしいものだ。

   応援してるよぅ〜!

    だめ連ホームページ 機関紙「にんげんかいほう」が読めます。




  安田喜憲『森を守る文明・支配する文明』 PHP新書 97/10. 657円

       

    森林枯渇と文明滅亡の相関がわかる本だが、環境問題のむずかしいところは、

   なんらかの生活の糧を得なければ食っていけないという日常の現実問題とどう折り合うか

   ということだろう。メシを食うためにはそんなことなんかいってられるかというのが現実だ。

   解決する方法はあるのだろうか。




  中村良夫『風景学入門』 中公新書 82/5. 500円(古本)

       

    風景というのはどうしてこう気持ちを安らかにさせることができるのかと思うのだけど、

   この本はちょうど興味の時期を逸したからか、あまり感銘をうけるところはなかった。




  エルンスト・F・シューマッハー『スモール・イズ・ビューティフル 人間中心の
    経済学』           講談社学術文庫 73. 971円

      

    とびっきりの文明批判である。とくに貪欲と自然破壊について考えさせられた。

   歯止めの知らない豊かな社会というのは破滅するまでとまることのできない愚かな社会

   なのだろうか。貪欲を戒める宗教や道徳は虚栄や優越という願望によって蹴飛ばされ、

   こんどはその産業システムでしか人口を養えなくなってしまう。経済学は国民所得とか

   成長率といった抽象観念にかまけ、貧困や犯罪、ストレスといった現実をあつかえない。

   企業は利益というびっくりするほど単純なゲームに昂じて、環境や精神を破壊して平気だ。

   豊かな社会は機械の導入に比例して余暇は減り、貧しい社会より生活の負担を増大させる。

   富というのは人間の最大の愚かさをひきだしてしまうようだ。




  安食正夫『プライド 現代人の精神医学 中公新書 77/1. 340円(古本)

      プライド―現代人の精神医学

    日本のやみくもな労働主義は劣位におかれる怖れからではないかと思うのだが、

   その対極としてのプライドをこの本ではとりあつかっている。この本を読んで思ったことは、

   プライドというのは抽象的なもので、個人的な主観が避けられないものだということだ。

   わたしは子どものころから他人の自慢とかプライドの卑小さを軽蔑してきたけど、おかげで

   自分の自信とか自尊心がない人間になってしまったけど、これでよかったのだろうか。

   ついでにプライドとか優越、劣等とかいうのは読んでいるうちになにを問いたいのか、

   なにを問おうとしていたのか、頭がこんがらがってきてわからなくなるのは、それだけ

   つかみにくい観念だからだろうか。




  竹村健一『脱文明の旅 アフリカに学ぶ 中公文庫 72/3. 280円(古本)

       脱文明の旅―アフリカに学ぶ

    30年ほど前に竹村健一は日本人の働き過ぎを批判して脱文明のアフリカに学べと

   いっているわけだが、働き過ぎがいっこうに改まらないのはいうまでもないことだ。

   この当時はヒッピーなんかがいて、管理社会批判とかが盛んだったのだろうけど、

   いまはそういう気運はいったいどこにいってしまったのだろうか。助けてくれよ〜。

   スペインのシエスタ(昼寝)なんかほんとウラヤマシイ! 「人間遊んでいても結構暮らせる」

   というのがアフリカ旅行の竹村健一の実感だったらしいが、その後の日本(と著者)は

   生産マシーンへとまっしぐらだった。ドーしてコーなるの?
   



  『オウエン/サン・シモン/フーリエ』 中公バックス 世界の名著 1500円

       世界の名著 42 オウエン・サン・シモン・フーリエ (42)

    産業や労働の価値をこんにちのように高めたのはなんだったのだろうか、ということで、

   ユートピア社会主義者とよばれるかれらの著作を読んだ。サン・シモンのなかに労働や

   産業者の地位を高めようとする言及がみとめられるが、貴族や軍人を打ち倒したあとの

   社会は金儲けと物質主義、労働だけの世界になってしまったではないか。放たれた欲望

   の歯止めはいったいどこにあるのだろうか。




  つげ義春『無能の人・日の戯れ』 新潮文庫 88/5(無能の人) 552円 


        


     『無能の人』というのは売れないマンガ家が石屋になったりする生活苦のマンガである。

    たしか映画化されたと思うし、吉本隆明が解説を書いたりして評価されているんだろうけど、

   う〜ん、どう感想を書いていいのかわからない。主人公はたえず商売を考えているのだが、

   どれもこれもうだつがあがらず、奥さんからは貧乏の家庭によくあるように罵られ、最後には

   乞食詩人に憧れたりする。高度資本主義にとりのこされた無用の人たちを執拗に描く。

   清貧や無用であることを誉めたたえるのではなく、たえず奥方から罵られたり、生活が

   ままならないといった状況を描くが、無能や無用の用が失われてゆくことを嘆いているのか。

   役に立ったり、有用であろうとするプレッシャーが先鋭化してゆくなかでの、ささやかな抵抗

   なのだろうか。




  宮本常一『庶民の発見』 講談社学術文庫 76/2. 1000円

        

    かつての農民は支配者から搾取されて、差別され、貧困であったという見方というのは、

   あまり信じないほうがいいのかもしれない。現代のわれわれから見るとそう見えるだけであって、

   当の本人たちは貧乏をそんなに苦にしたわけではないし、不自由を感じていたわけではない

   ようだ。そんなひがんだ目を植えつけられたわれわれがいちばん不幸なのかもしれない。

   貧困や差別を怖れて逃げまくるエネルギーにわれわれは人生のすべてを費やしてしまっている。




  宮本常一『絵巻物に見る日本庶民生活誌』 中公新書 81/3. 700円

      絵巻物に見る日本庶民生活誌

    絵巻物から庶民の生活を語ったものであるが、あまりよくなかった。人生とか生きざまと

   いった物語りが読みこめなかったからかもしれない。




   斉藤俊輔『釜ヶ崎風土記』 葉文館出版 95/5 1800円(古本)


    大阪の西成というところは別世界である。路上に寝ている人、昼間から酒を飲んでたむろ

   している人、つまり日雇い労働者たちの信じられない街なのである。わたしはこの近くの

   高校に通っていたから、しょんべんくさい駅のガード下に降り立ったときには「カルチャーショック」

   を受けたくらいだ。おっさんが道端にごろごろ寝ているのだ。こんな街がなんで存在するのかと

   いまも不思議だから、興味をもっている。

    かれらを外から見ることはあっても内面や経歴を知ることはないので、この本を読んだ。

   この街に流れ込んでくる人たちのエピソードはやはり壮絶である。暮らしも路上でのたれ死に

   する最期と隣り合わせである。著者もいっているとおり、「清貧」なんてたわ言に聞こえる。

    ただかれらを哀れや悲惨の一面で見るか、それともそれなりの幸せや光もあるという一面を

   捉えるかということは慎重でありたいと思う。悲惨の一面だけでは捉えたくない。一生を会社に

   縛られる者にとっては、昼間から酒を呑んでいるかれらは、ずいぶんうらやましくもあるからだ。

    ところで現在、平成不況のあおりを受けて大阪の長居公園や阪神高速のガード下に

   テント暮らしの人たちが驚くばかり急増している。まるで難民キャンプみたいである。

   このことをいったいどういうふうに考えたらいいのだろう……?   





  カレル・ヴァン・ウォルフレン『なぜ日本人は日本を愛せないのか この不幸な国の
  行方』            毎日新聞社 98/3. 1800円(古本)

        

    ウォルフレンにしては要領の得ない、キレ味のない本のような気がした。いつもは

   ウォルフレンはなんでこんなに日本のことを知っているんだろうと感嘆するが、今回の本は

   思索を深めようとしたからか、容量の割には鋭い言葉や警句には出会わなかった。 





   小谷野敦『もてない男――恋愛論を超えて ちくま新書 99/1. 660円

       


    どこの本屋でも平積みになっているから、恋愛論はあまり興味はなかったけど、買おうと

   思ったら、レジに行くのはけっこう恥ずかしかった。

    やはりこの本が売れているのは、「童貞であることの不安」や恋愛狂の時代に恋愛のできない

   恐れや怨みという、口にもできない悩みを積極的にとりあげたからだと思う。ドラマや音楽、

   バラエティ番組では恋愛ばかりが歌われ、恋愛のできない人間は異常という風潮が強く

   席巻しているなかで、その恐れや不安をとりあげたこの本はエライと思う。

    なんでこんなだれもかれもが恋愛しろというバカげた風潮になったのだろう。マスコミというのは

   いつも過剰になり、まるでオウムのハルマゲドンと同じような恐れを人々に植えつけ、強迫観念に

   駆りたてる。恋愛は商業的に儲かるからだという説を立てたことがあるが、恋愛関連産業の

   広告戦略なのだろうか。わたしはもうどうでもいいやという気がする。もてない男より、

   強迫観念に煽られて必死に恋愛に駆りたてられる男のほうが哀れだと思えるからだ。

   そういうマスコミに煽られるボウフラのような男というのがいちばんみじめで、情けない。





   宮本常一『忘れられた日本人』 岩波文庫 60/2. 560円

        


    歴史の舞台に現れることのないふつうの民衆の生き方を表わした本である。

    わたしがこのような民衆の生き方を知りたくなったのはたぶん、山に登ったりして、山里や

   田舎の村を見る機会が増えたからだろう。四方を住宅に囲まれた都会に住むわたしには、

   山々に囲まれたかれらの暮らしが皆目見当もつかないのである。かれらはどのように

   生きてきたのかと興味をもつようになったのである。それは時間の歴史を溯ることでもある。

    間抜けでところどころ笑えるところがあるふつうの民衆たちの生き方が語られているわけ

   だが、やはりいまは橋の下の乞食となった土佐源氏の牛と女の話はとても印象深かった。

    ほかに村の道が切り開かれたら村のカカが人夫と消えたとか、夜這いは娘が親と違い、

   台所に寝ているから「仕事」がしやすいといったり、旅の途中に娘をもろうてくれとかいわれたり、

   朝鮮へ漁に行くときは朝鮮人の格好をしたり、と思わず吹き出してしまうエピソードがまじめな

   行間のなかにいくつかはさまれていた。けっこう自由で、奔放な生き方をした民衆の姿が

   うかんでくる。





   宮本常一『生業の歴史』 未来社 日本民衆史6 65/2. 2060円 

        


    たくましくも、したたかに生きてきた民衆の生きざま。これぞ日本人の歴史というものだ。

   学校の歴史の教科書は、政治屋の歴史ではなく、これにすべきだと思う。人々はこういう

   ふうに生きてきたんだなとわかると、なんのためにもならない政治的歴史よりよっぽど

   生きてゆくための勉強になる。どうやって生きてゆくかということが一般の人々には

   もっとも必要な知識なのだ。世間で生きてゆく知恵が身につかないから、われわれはだれも

   かれもがサラリーマンにならなければならないというバカな生き方しかできないのだ。

    この本では山に生きる人、海を生業にする人、旅のにない手、行商人とか流浪の民、

   出稼ぎとか職人、乞食などのさまざまな生業がひじょうにわかりやすい文体で書かれていて、

   ああ、われわれのご先祖さまはこのような生き方をしてきたんだなととても感慨深くなる。

   民衆の生きざま、暮らしの立て方、悲哀がまざまざと目の前に浮かんできそうな秀作である。

    学校の歴史では民衆なんか存在しないも同然だけど、ここでは懸命に、器用に生きてきた

   人々の姿が、讃歌を送りたくなるほど、生き生きと描かれている。





   影山任佐『「空虚な自己」の時代』 NHKブックス 99/1. 870円

      

    この本は何なのだろうな、あまりにもふつうすぎる社会的洞察やいろいろな学者の説の

   羅列が多くて、「透明」な感じが抜けなくてちょっと腹立ったくらいだ。抜けているのか、

   学者の説を理解しているから優秀なのか、どちらなのかなと思った。あるいは自分が

   自己の空虚さを感じるより社会に問題を帰すタイプだから、興味を魅かれなかったのかな。





   カレル・ヴァン・ウォルフレン『民は愚かに保て――日本/官僚、大新聞の本音
                  小学館 94/6. 1600円(古本)

      

    「社会的安泰が、政治的自由や民主主義の発達より重要視される」、これが日本の

   もの言わぬ従順な中流階級や変わらない政治システムをつくりだしているんだろう。

   安泰や和といったものを壊さないとなにも変わらない。しかしそういう人は爆弾をもつ過激派

   だという思いこみ、あるいはプロバガンダがわれわれの良心を縛りつける。この安泰の力が

   強いから反発する人はとびぬけて過激な行為に走りやすく、またまた安泰のがんじがらめから

   逃れられなくなるのだろう。オウムや酒鬼薔薇事件だって社会に反抗する気持ちは共有するに

   してもかれらの犯罪行為を怖れることになり、また変化を阻む防壁ができただけではないか。

    われわれはカゴの中の閉塞か、危険だけれど自由な外、どちらのほうがいいんだろうか。

   安泰の中で犠牲にされつづけるのは自分自身の生のみではないのか。

    わたしはなにも政治的行動に走れとはいわない、心の中で疑問や懐疑を抱きつづける心性を

   大事にしてほしいと思っている。良心的な人はそれすら心に抱いてはならないと思っているの

   ではないだろうか。このままではまた閉塞日本を後の世代に譲り渡すだけだ。





   つげ義春『貧困旅行記』 新潮文庫 95/4. 552円

       

    旅行というのは観光なのだが、行ったところに住み着いてしまうという蒸発旅日記の

   書き出しに興味を魅かれたので読んだ。つげ義春はうらさびれた、わびしい温泉宿などばかりに

   泊まろうとするのだが、その理由は「自分がいかにも零落して、世の中から見捨てられた

   ような心持ちになり、なんともいえぬ安らぎを覚える」からだといっている。ぶったまけだ人だ。

   「それが自己否定に通底し、自分からの解放を意味するものである」という考察はさすがだ。

   そうか、そういう極め方に自己の解放の通路があるというのは意外だったな。それにしても、

   「こんな絶望的な場所があるのを発見したのは、なんだか救われるような気がした」という

   文章にはほんと笑ってしまう。





   岬龍一郎『お金持ちより時間持ち モノ持ちよりココロ持ち KKベストセラーズ
               ワニの選書 99/2. 1400円

       


    カネより心というのはみんな言っていることであり、わたしもエッセーで書いているの

   だけれども、この金儲け・労働強迫症社会はテコでも動かない。なんでだろうと思う。

   もうこうなれば、楽しよう、心の時代だという叫び声が逆に冬眠前のリス状態にさせてしまう

   んだと考えるしかない。物質的に満たされた心の時代という夢がみずからの首を絞めてしまう

   のだ。貧困と困窮生活に覚悟を決めなければ、おそらくゆとりの時代はやってこないのだろう。

    この本は半隠遁のススメであり、セネカや兼好や、新渡戸稲造や良寛、老荘といった、

   さまざまな古典を引用しながら論じているのだが、わたしもまったく同感だからとても感動する

   のだけれども、こういう声は社会にまったく響かないということをいやというほど知っているので、

   これからは「戦略」を変えるべきなんだと思う。たとえば金儲けとか学歴に呪縛するものは

   何なのか、それはどうすれば解き放つことができるのかといったことなどだ。





   渡辺昇一VSテリー伊藤『日本人の敵』 PHP研究所 99/4. 1333円

      

    組み合わせがおもしろいから、どんなタメになる話が聞けるかと期待したが、そんなには

   度肝を抜かれる議論はなかった。テリー伊藤的発想は大事だと思うが、地に足がついていない

   感がする。





   佐々木潤之介『世直し』 岩波新書 79/7. 550円

      世直し

    よく最後まで読み通せたものだ。おかげ参りの周期性とか転換期の社会とはどのようなものか

   ということを探ろうと思ったのだが、わたしの苦手な歴史的事実の羅列の終始していて、なにも

   得るところがなかった。





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    「99年春に読んだ本」 社会論や神秘主義、身体論などの本です。

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